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書庫内のひんやりした空気が彼女は好きだった。
もらった城は、そもそもは狩猟時にのみ使う別荘だったような場所だったから、もちろん書庫は改装してつくったものだ。が、中々の出来だ、と彼女は思っている。
書庫というだけあって、この部屋に窓は無い。ろうそくの明かりのような頼りない光で本を探すのは面倒だから、彼女はライトの呪文で部屋を明るくする。同じように考えたものは他にも居るらしく、書庫の入り口にはライトのコモンルーンと数個の魔晶石が籠に入れておいてある。いつから置かれているのかなんて、知らない。気づいたときには置かれていた。防犯のぼの字も無いような状況だが、問題は無いだろう。ここがアノスだといっても、勿論盗賊くらいはいる。が、この城にわざわざ乗り込んでくるような物好きの盗賊はそうそういないだろう。まあ、もっとも、彼女にはこれを使う必要は全く無いのだが。
書庫内で、彼女は目当ての場所に程なくたどり着く。本はきちんと整理されていて、非常に探しやすい。名代の神官が丁寧に片付けてくれているのだろう。本当にありがたく、そして。
「気の毒だわ」
彼女は呟くと、暫くその場にとどまって何冊かの本を抜き取ると内容を吟味し始める。
あまりメジャーな話題ではないものを調べるつもりでいるから、本は数冊必要になるだろう。話題が載っているだけマシだと思うしかない。
と、書庫の扉が開く音がした。
彼女はページをめくるのをやめて、暫く足音に耳を澄ます。
あまり聞きなれない足音ではある。しかし侵入者だとすれば足音を立てはしないだろうから、あまり緊張する事も無いだろう。
足音はいったん彼女がいる場所を通り過ぎようとして、戻ってきてとまる。
「フィリスさんでしたか」
「あら、クレア」
通路から顔を覗かせた神官を見て、自分の警戒した顔つきが一気に戻るのが分かる。向こうも似たようなものだったのか、すぐに少し笑って見せた。
「お仕事?」
「いくつか資料を頼まれまして」
神官は手にしたメモを彼女に見えるように少し掲げて見せた。
「アーチー?」
「ええ」
「私に頼んでくれればいいのに」
彼女は口を尖らせると、腹いせといわんばかりに必要ではなかった本を本棚に突き刺す。
「では、もって行くときは一緒に行きますか?」
「そうする」
苦笑する神官に即答して、彼女は本を抱えると神官の元へ向かう。
「さがすの手伝おうか?」
「ありがとうございます」
神官は少し考えてから、頷きながら返答する。メモを覗くとかなりの量の本が書かれていた。
「アーチーったら、女の子を何だと思ってるのかしら」
「仕事って、そういうものですよ」
彼女の感想に神官はとりなすようにいう。
確かに彼は非力だ。幾らその剣技が大陸中に広がっていようが、非力なものは非力なのだ。そこは認める。しかしだからと言ってこんな量を頼まなくてもいい。
「何回かに分けて運びますし」
「うん、そうよねえ、わかってるんだけど。後で怒鳴っとく」
暫く二人で本を探す。
メモの本は多かったが、基本的に似たような位置に配置されているものだったので、大した苦労をせず本を発見できた。しかし、最後の一冊が中々見つからない。ソレらしいものを入れている棚に二人で張り付き、探すが見つからない。
「そうだ」
一度休憩、という事にして彼女は神官に声をかける。ちょうど下のほうを探していた神官は、しゃがんだまま彼女を見上げた。
神官の、真っ直ぐな視線であるとか、少しきつそうな顔つきだとかは変わらないが、それでも雰囲気は丸くなった、と彼女は感じる。
恋って偉大だわ、自覚のあるなし関係なく。
「ねえ」
「なんですか」
「スイフリーと、その後どう?」
「その後、といいますと?」
神官は立ち上がると首を傾げて見せた。確かに唐突な質問ではあったけど、もう少し何かリアクションがあってもよさそうなものなのに、と彼女は思う。
「何かあったりしないの?」
「特には」
先日オランで会ったときのグラスランナーやエルフの口ぶりから、二人が仲間内でもっともこの城に戻ってきていることは分かっている。
が、それはやはり情報収集のためだけだったのだろうか。
確かにエルフは人間との恋愛など絶対にしないと言っていたし、そういうものなのかもしれない。
グラスランナーが喧しく帰ることを主張すれば、戻ってくるのかも知れない。
「んー、そっかー」
とりあえず彼女は相槌だけ打つ。どうやって聞き出すのが効果的だろうか。
「スイフリーのこと、どう思う?」
色々考えた挙句、結局ストレートに尋ねる事にした。この神官は良くも悪くも真っ直ぐで、きちんと尋ねた事には答えが返ってくる。それが分からないことであれば、わからない、ときちんと返す、そういう人だ。
「そうですねえ」
暫く神官は考えこみ、やがて口を開く。
「口に反して、優しいです」
答えに、彼女はまじまじと神官を見つめる。どう返事をすればいいのだろう。神官のほうもどうしていいのか彼女を見つめている。何か言わねば。
「ええと、それ、本人に言った事は?」
「ないですけど」
「どうして?」
「聞かれてませんから」
そうきたか、と彼女は内心ため息をつく。聞かれさえすれば、彼女はストレートにその感情を口にするのだ。当のエルフが聞いたら卒倒するかもしれないような評価を、何の臆面もなく。
「どうして、優しいなんて思ったの?」
何とか、それでも彼女は尋ねる。あのエルフとは仲間になって随分長くなってきたが、彼女の中の評価で優しい、となったことはほとんど無い。確かに頭の回転の速さであるとか、その口の達者ぶりに助けられた事は多々ある。冷静に考えれば、自分たちの評価の大半はそもそもはあのエルフが作ったようなものだ。エルフが仲間でよかった、と思っている。
が、優しいと思ったことは、何度考えても、ほぼ、ない。
全く無い、とならないだけマシなのかもしれないが。
「パラサさんが、色々話を聞かせてくださるんです。コレまでどんな冒険をしたか、とか。パラサさんが大活躍で」
「そこは話半分に聞いていいわよ」
彼女の合いの手に、神官は少しだけ笑って続ける。
「その中で話を聞いていると、スイフリーさんは優しいですよ」
「どこが」
「悪徳商人を最終的に助けたり、トップを助けたり、ワイトに怒りを感じたり、マーマンを助けに行こうといったり」
「ああ、うん、そうね」
そういう風に並べられると、確かに優しいような気がしてきた。
着眼点が違うということだろうか。
「多分口の悪さは、照れ隠しなんでしょうね。まあ、確かに時々とても邪悪な事も言うのは事実ですけど。……おおむね、本質は善人です」
仲間の女剣士からもたらされた情報と同じことを、目の前の神官が口にする。
この言葉をじかに聴きたかった。
目論みはほぼ成功、と言っていい。
彼女はにっこりと神官に笑ってみせる。
「スイフリーのこと、好きなのね」
「は?」
心底、何を言われているのかわからない、という顔で神官が彼女に聞き返す。とはいえ、こういう反応は大体予想していたから、彼女は慌てない。
「だから、スイフリーのこと、好きなんでしょ?」
言われた神官のほうは、予想外の言葉に混乱しているようだった。動きが止まり、ただただ呆けた顔を彼女に向けている。思考は完全に止まっているのだろう。
そういう焦り方が可愛い、と彼女は思う。
「ええと、わたしが、スイフリーさんを好きなんですか?」
「じゃないの?」
おかしな質問だ、と彼女は思うが、とりあえず即答する。こういうのは躊躇してはいけない。
目の前の神官は、右手で額を押さえ少しうつむき加減で何かを考えているような、そのくせ全ての思考がストップしたままのような顔をしたまま、暫くの間動かないで居た。
彼女は神官からの返答をただひたすらに待つ。
「あの」
神官は酷く困ったような切羽詰ったような表情で彼女をみた。
「何?」
「すき、って、どんな感情でしょうか?」
「は?」
あまりに遠い方向からの攻撃に、流石に彼女も間抜けな返事をしてしまう。
間違いなく、目の前の神官は真面目な神官で質問している。
「あ、いえ、その、好き嫌い、という感情は勿論分かるんです。けど、特別誰かだけを好きである、というのはどういう感じですか?」
「今まで一回も無いの!?」
思わず聞き返す。
可能性は二つ。
本当に誰も特別好きになった事がないか、もしくは特別好きであることに気づかなかったのか。どちらにせよ、この子は重症なのではないだろうか。鈍感にもほどがある、というか。
そういえばあんまり外見であるとかに頓着ある感じでもないし(美人なのにもったいない話だ)好き嫌いよりは善不善のほうが重要な感情である気がしないでもないが。
しかし改めて、誰かを特別好きである、ということを説明するとなると、どう答えていいものやら。
そういうのは理屈じゃない。
「んー」
彼女は暫く首をかしげたまま動きを止める。
彼女はアーチーが好きだ。
さて、どこが好きだったのか考えてみよう。
家柄。
「えぇーとねえ」
スタートは悪かった。でもその後色々可愛いところだとか情けないところだとか、全てひっくるめていとしいと思うようになったような。
認められたり、頼られたり、助けられたりして嬉しかった。
「誰かの事だけを、特別に感じる事。その人のために、何かをしてあげたい、って思うこと」
「……」
「……かな?」
自信がなくなって、最後はごまかすように笑って言うと首を傾げてみせる。その様子をまじまじと見つめていた神官は、小さくため息をついて見せた。
「わかるようなわからないような」
「うん、だって」
彼女は指を神官の額にまず持っていく。
「頭じゃなくて」
それから指を胸元に移動させる。
「ここで感じる事だから」
神官はまじまじと彼女の指先を見て、それからのろのろと視線を彼女の顔まで持っていく。
「私はスイフリーさんを好きなんですか?」
「それはクレアが決めることだから」
答えて、ふと視線を本棚に向ける。
アレだけ探して見つからなかった最後の一冊が、目の中に飛び込んできた。
「本、あったわ。私持っていくから。アーチーとお喋りしたいし」
「ええと」
「仕事の話でも、他の女の子と喋ってるのをみるのは、あんまり嬉しくないのよ」
ふふ、と笑って見せ、彼女は神官から残りの本を受け取る。
「ま、ゆっくり感じてみるのも、いいんじゃないかしら?」
それだけ伝えると、軽い足取りで書庫を後にする。
残された神官は、力が抜けたように床に座り込むと放心したような顔で天井を見上げた。
考えてみる。
特別に感じた事は?
何かをしてあげたいと感じた事は?
ないわけではない。
でもそれは、自分の信心から来るものだと信じていた。
神から与えられた試練だと。
確かに嫌いではない。
でも、他の面々も嫌いではない。
その感情に差があるなんて考えた事もなかった。
「……良く分からない」
■何を書いてるんだか分からなくなってきました(笑)
クレアさんはそこまで鈍感ではないんじゃないだろうかと思わないでもない。本当は。
盛り上げ?るため?に鈍感で居てもらいます。
ヒースは首を少し傾げて見せる。確かに彼の言うとおり、部屋は一通り見て回ったし、その部屋さえも、ほとんど遺留品などはなく、手がかりは皆無と言えた。
「この屋敷は使われていないと考えて間違いないよな? 直近だけじゃなく、結構長い間」
「そしてこれからも使われる予定は無いと見て間違いないだろう」
ヒースの言葉に、アーチボルトは重々しく頷きながら返答した。
「どうしてそんなことが分かるんですか?」
イリーナが首をかしげる。眉を寄せて、かなり難しそうな顔をしている。
「まず、使われる予定があれば、もっと色々なものが置かれている。主の部屋の本棚にはもっと本があってしかるべきだ。本はステータスだからな。来客に見せるためには本以外にも置物であるとか、そういうものが必要だ」
「そして、そういう大きくて重いものは、気軽に持ち運んだりしない。で、あるから、ここを使う予定がないから移動したということになる。ここは別荘ではなく廃屋だな」
「ああ、なるほど」
ヒースとアーチボルトの説明にイリーナは頷く。ゆっくり説明されれば、分からないわけではない。
「しかし廃屋であれば、これだけ綺麗な理由が分からない。ブラウニーは居ないのだろう?」
「居ない」
「第一、家が捨てられてブラウニーが残っていたら、今頃もっと酷い目にあってるわよ」
精霊使い二人の即答と断言により、綺麗さにも説明がつかなくなる。
「手がかりが全く無いってこと? 困ったわね」
フィリスが長々としたため息をつく。打てる手はすべて打った気がする。アーチボルトやスイフリーだって、手がかりが無い状態では何もできないだろう。
「ねー」
不意に足元から声がかかる。パラサだ。
「あの絵って、あんなんだっけ?」
パラサが指差すのは、エントランスの左側にかかっていた屋敷の絵だった。右側は留守番伝画で、左側が屋敷という統一感の無さに、全員が絵がかかっていたことを覚えていた。
「うーん、確かに言われてみれば違った気がする」
「もっと色合いが明るかったような」
風景画は暗い空をバックに、左右対称の屋敷が描かれている。夜の風景なのか、窓からは光が漏れている。
「……にゅう」
パラサが困ったような声をあげた。
「これ、この屋敷に似てない?」
「言われてみれば」
イリーナが頷いたとき、絵に変化が起こった。
その変化は一瞬で、しかも小さなものだった。
「にゅ? 灯りが消えたにゅ! ……おもろい」
「面白がるな」
スイフリーがパラサの頭を後ろからぺしり、と叩く。
「灯りが消えたんじゃなくて、窓が閉じられたんだ。よく見ろ、あの窓と一緒だ」
スイフリーが指差すのは、実際に壁に閉ざされた窓だった。
「わかってるにゅ。でもおもしろいっしょ」
「絵としては面白いが……」
「そこで認めちゃ意味無いわよ」
フィリスから冷たい声が飛ぶ。
「おふざけは程ほどにしてだ、どう思う?」
「絵が現実と連動している、のだとしてはタイムラグが気になるな」
「あ、また変わったにゅ」
アーチボルトとスイフリーの会話中に、絵はまた動く。今度は屋敷が大きく震えているようだった。
「……今度は地震が来るという予言か?」
「あ、止まった」
絵の中の変化はめまぐるしい。また屋敷が大きく揺れる。
やがて絵の中に朝が来た。
屋敷はしんとしたまま、沈黙を保つ。
「……何にも起こらない?」
「あ、客が来た」
絵の中では、客が家の中に入っていくところだった。自分たちではない。
「中に入る……わたしは今壮絶にいやーな予感がするのだが」
「奇遇だな、わたしもだ」
やがて屋敷に夜が来た。一度目の大きな揺れ。屋敷はやがて窓を閉じ、そして何度か大きく揺れた。
「朝が来るぞ」
「……出てこないな、やっぱり」
そこで重苦しい沈黙が一行を支配する。押し黙ったまま、全員の顔を見つめあう。
「これは、屋敷内で何か起こったということだろうか」
「絵の中のことを間に受けなくても……」
「警戒はしておいて損はない」
「絵の中の屋敷で、何が起こったのだと思う?」
「客同士の殺し合いか、さもなくば主が大量殺人か」
「どちらにせよ、それだと最後の一人は出てこなければおかしい」
「相討ち?」
また全員で、なんとなくお互いの顔を見合う。微妙な空気があたりを支配した。
「いやいやいや、まてまてまて。絵で疑心暗鬼を植えつけ、団体行動させないという罠かもしれない。お互い疑うのは問題有りだ」
アーチボルトが手を大きく広げる。敵意は無いというジェスチャーかも知れない。
「実際、何者かは戦力分断を狙っているのだしな」
すぐにスイフリーが同調する。それから周りの様子を確認するようにゆっくりと首をめぐらせた。
「高司祭が居ないのは痛いが、我々が集まっていたら戦力としては申し分ない。疑いあうのは後だ」
「不戦協定みたいなもんか?」
「そういうことだ。何者かの狙いは同士討ちかも知れん」
■すっかり忘れてたと申しますか(笑)
32話です。
え? もう32!?
現在本編は47-1。
……ストックがなくなってきてるじゃん!
続きは……週末に書き溜めるかあ。
「手紙が届きました」
そういって、封書を渡される。
「あ、サンドくんからだ」
彼女の嬉しそうな顔に、神官は少し微笑む。
「差出人の名前は違ったようでしたが?」
「うん。サンドっていうのは、愛称かな? わたしはそっちのほうが好きなんだけど。オランで劇をしてたんだ」
彼女は少し遠い目をする。ソレは懐かしいものを思い出すような、それでいてどことなく寂しそうな目。
「今はなさっておられないんですか?」
「うん。サンド君ね、アノスの貴族だったことがわかって、引き取られたの。赤ちゃんの時に攫われたみたい」
「そうですか」
神官は少し複雑な表情で彼女を見た。
「凄く、演技が上手かったんだよ。クレアさんも知ってるんじゃないかな? このお城にも情報を集めに来たって話だったし」
神官は少し記憶をたどり、やがて頷く。
「スイフリーさんとパラサさんが追いかけていた劇団ですね」
「うん、そう。サンド君ね、スイフリーの役だったんだ。すっごく上手かったんだよ。本人はちょっと背伸びした感じの、でもとっても素直ないい子でね、そんな子なのに、スイフリーの底意地の悪さっていうか、いざというときのはったりのかませかたっていうか、ともかく堂に入ってて凄かったんだよ。初めての舞台だなんて思えないくらいだったんだ」
嬉しそうに彼女は喋る。
神官はその話をにこにこと聞いていた。
「わたしね、小さい頃、役者になりたかったんだ。居た劇団の大きい小さいに関わらず、わたし自身が全然ダメだったんだけど。唄は何とかなったんだけど、演技が出来ないの。何か、騙せないんだよね。自分のことも、他人のことも。なりきれないっていうか」
彼女はそこで照れた笑みを浮かべ、頭をかく。
「言い訳かもしんないけど」
「人を欺かないのは良いことですよ」
「ソレは演技をする人に対してはフォローになってないよ」
神官の言葉に、彼女は今度こそ面白そうに笑う。それから、彼女は神官を見た。
「クレアさんは? 小さい頃、何になりたかった?」
神官はきょとんとして彼女を見る。
「立派なファリス神官ですけど」
「ああ」
彼女はその返答に、自分が聞くまでも無い事を聞いてしまったのだということに漸く思い至る。
「そっか。クレアさんは夢をかなえたんだ」
「いえ。まだまだですよ」
神官は困ったような笑顔を見せた。
随分、丸くなったなあ、と彼女は思う。
自分の資質もあるかもしれないが、彼女はこの神官を最初からそんなに嫌いではなかった。真っ直ぐなところなんかは、普段つるんでいる仲間の事もあって、とても好感が持てる。
とはいえ、その真っ直ぐすぎるところが、最初はかなり危なかったのもまた事実。
そのせいで、仲間が殺されそうになった。
真面目で一直線なのは、思いつめちゃうということで、それはそれで危険なのかもしれない。
「あのさあ」
彼女は神官を見る。
「何でスイフリーを助けようと思ったの?」
彼女は長い間不思議に思っていたことを神官に尋ねる。
この神官は、自らが邪悪だと判定した仲間のエルフを牢に入れた。
なのに、アレは間違いだったかもしれない、といって助けてくれた。
そのせいで、自分が不利益をこうむるのは、多分分かっていたはず。
今なら、聞けるかもしれない。
「私が誤認したわけですけど、無実の人が処刑されるのは、あってはなりません。ファリス様も、善を不善というのは不善だとおっしゃいましたし」
あくまで真顔で神官は答える。
「うん、そこは聞いたんだけど」
彼女は首を傾げてみせる。この神官は、啓示で神の声を聞き、仲間のエルフを助けるに至ったのだとその時も言った。主張は勿論変わっていない。彼女はきっと、何度聞いても同じ答えを返すだろう。ソレが真実だから。嘘はつかないから。
「何ていうのかな。何で、神様に聞こうと思ったの? かな? そもそも、スイフリーに汝は邪悪なり! って言ったのも、ファリス様に尋ねたみたいなもんでしょ?」
「ええ、まあ」
「じゃあ、どうして?」
暫く神官は黙った。困ったような、とも、深く考え込むような、とも取れる表情で。
「牢に入れる、と言ったところで、彼はすぐに承諾したでしょう? 思えばソレが違和感の始まりだったような気がします。普通、悪人というのは言い逃れをしようとするものですし、事実私がそれまで知っていた悪人というのは、皆一様に言い逃れをしようとしました」
神官は唐突に喋りだす。どこか、自分に言い聞かせているようにも思える。
「それに、仲間であるあなた方が、必死に私を止めようとしました。悪い事は確かにするけど、大きな悪いことはしていない、だとか。呪いには人に伝播していく種類のものもあり、それに違いない、であるとか」
彼女は頷く。
あの時は、仲間のエルフの無実(多分)を証明するのに必死だった。
「悪人が、その仲間を助けるために色々言うことはあるかもしれません。しかしあなた方が悪人でないことは確かです。であれば、悪人である彼を救おうとするでしょうか。もしかしたら、あなた方が言うように、彼は悪人ではないのかもしれない。あなた方は、とても真剣に、真摯に、彼を助けようとしていた。それを見て、私は」
そこで神官は一度言葉を切る。暫らく躊躇していたようだったが、やがて口を開くと、続けた。
「とんでもない間違いをしたのではないか、と怖くなったのです。認めるのはとても怖かった。私は一度もファリス様を疑ったことはなかったですし、そういう日が来るなんて思っても居なかった。結果は……呪いに反応しただけでした」
「後悔してるの?」
「いいえ、とんでもない。私は多分、事務的過ぎたのです。全てをファリス様に頼って、自分では何も考えていなかった。きっとファリス様はそれをとがめようとなさったんです。……たぶん、スイフリーさんは、ファリス様が私に下さった試練であり、導き手なのです。他の方がどう言おうと」
彼女は笑いそうになったが、何とかそれをこらえる。
相手の神官は真面目に答えてくれたのだ。どう考えても、仲間のエルフが神からの使いだとは思えないが、それは主観の問題であって、自分が口を挟める問題ではない。
しかし、神官のほうは彼女が何とか笑わないよう努力していることに気付いたのだろう。
「少なくとも、視野は広がりました。いい意味でも、悪い意味でも」
と、どこか諦めたような笑顔で肩をすくめて見せた。
「きっとね、そのうち『人を疑うようになったか、良かった良かった』とか言われるようになるよ」
彼女はすこし口を尖らせて言う。自身、前に話題のエルフから言われたことがある。
「言いそうですね」
言うと、神官はその様子を想像したのか、困ったような顔で笑ってみせた。
「スイフリーの印象って、かわった?」
「ええ。思っていたほど、悪い人ではありませんでした。本人は嫌な顔をするかもしれませんが……結構人がいいですよね。お人よしとまでは言いませんけど。かわいいところがある、というか。本質的には、悪い人ではありません。善人かと尋ねられたら、即答はしかねますけど」
彼女は暫らく、神官の顔をまじまじと見つめた。神官のほうは首をかしげ、「何か?」と尋ねたが、彼女は曖昧に返事をするばかりで、明確には答えない。
「とりあえず、スイフリー、エルフね」
彼女が言うと、「では、いいエルフです」と神官は真顔で訂正した。
それを見て、彼女は立ち上がる。
「それじゃ、わたしはコレ読んで返事を書かなきゃ」
彼女が受け取った手紙を見せると、神官も立ち上がった。
「書き終わったら教えてください。手紙を配達できるよう、手配をします」
「うん、ありがとうクレアさん」
彼女は礼を言うと、神官と別れて自分の部屋を目指す。
とりあえず、途中でお姉さんの部屋に行って、今の話を聞かせてあげよう。
そんなことを考えながら。
■クレアさんサイドスタート(笑)
気付けば、クレアさんのほうをかいてないなあ、と思い至ったというか。
ノープランで書いてますから、こんなもんですよ。
時系列だって微妙に不明ですよ(笑)
……考えて書くと、大体失敗するんです(経験あり)
そしていつも題名に悩む。
あ、こっそり初回の「小春日和に。」のタイトル変更したいです。統一したい。
思いついたら突然変えます。大体そういう感じです。
タイトルって、難しいですよね?
イリーナが腕をぶんぶんと振ってみせる。ヒースは呆れたような視線をイリーナに向けつつ、大袈裟にため息をついて見せた。
「俺サマが魔法をぶっ放して、壁どころか家まで壊れたらどうするんだ。弁償するのか。無理だ」
「きっぱり言い放ちましたね」
今度はイリーナが呆れた顔をする。
「アレは? ほら、ウィスプにシェイドをぶつけたら消滅するみたいな感じで」
フィリスが身振り手振りを加えてスイフリーに質問する。
「それがなあ」
苦々しい顔でスイフリーは新たに出来た壁を見上げる。
「この壁は少なくとも、ノリスが作ったんではないだろう。ノームちゃんの力を感じない。……というか、そういう状況ならとうにやっている、というか」
「それもそっか」
フィリスもつられて壁を見上げる。
「そういえばあんた、家に入ったときから何か変って言ってたしね」
「今だに変な気分だぞ。建物の中だからシルフちゃんの力をほとんど感じないのとか当たり前といえば当たり前なのだが……」
「あ」
マウナは辺りを見てから声を挙げる。
「どうしたマウナ。何かまた変な事が起こったのか?」
ヒースが辺りを警戒する。
「そうじゃなくて。……このお屋敷全然汚れてない。ベッドとか普通に使えたし、ほこりも落ちてない。ブラウニーもいないのに」
「ブラウニーって、あの、本棚とか倒してくる?」
「アレは特殊な事情があったでしょ。普通はそういうのじゃないの」
イリーナにマウナはブラウニーの説明を始める。時々イリーナは良く分からないという顔をしたが、何とか理解を示し始める。
「結局、どういう事になったにゅ?」
パラサがスイフリーを見上げると、彼は大きく息を吐いてから肩をすくめて見せた。
「事態が悪い方向に進んだのだけは間違いなさそうだ。まず第一に、ここが普通の家でないことが判明した」
「それは何となくちょっと前から判明してた気がするにゅ」
「ここがカラクリ屋敷だと仮定して、もしカラクリを動かしている主が居るとするならば……我々に明確な敵意をいだいているだろうな」
「あう」
「少なくとも、閉じ込めた理由や分断した理由があるんだろう」
「もし、主が居なかったら?」
「アーチー希望のファンタジーなのではないか?」
「だから、こういうのはホラーというのだ」
「分かっている事を整理しよう。認識は共通していたほうがいいし、イリーナが意味不明な顔をしてる」
ヒースの提案に、今まであったことを整理してみる事にした。
1 起きているものだけが感じた地震のようなものがあった。
2 屋敷を左右二分する壁が出来る。コレは入り口や窓をふさいだ。
3 向こうとの連絡は不可。シースルーで向こうを見たが姿は確認できず。
4 遊興室、応接室ともども、屋敷の来歴を示すものはなし。
5 精霊の働きが妙。ただしコレは精霊使いしか分からない感覚。
6 もし、何者かが屋敷のカラクリを動かしたのだとしたら、相手は自分たちに敵意を持っている。殺意は不明。
「結局、あんまり何もわかっていないってのが分かったわ」
フィリスが大きくため息をつく。
「戦力の分断は、手順としては正しいだろう。まあ、そもそも14人も居たら乱戦で戦いにくい事この上ないわけだが。コレが最終的な分断ではないと思ったほうがいいな」
「そうだな。全員ばらばらにして各個撃破だろう、最終的には」
「邪悪には負けません!」
「ファイアウェポンもファナティシズムもなくなるぞ、一人だと」
「……」
「一人で戦う事になると、まあ、長時間生き延びるのはアーチーだろうな。それでも回復が無いからジリ貧なわけだが」
「透明になったあんたじゃないの?」
「範囲魔法に巻き込まれたらわたしの場合イチコロだ」
「オレも攻撃しても普通だとダメージあんまりあたえらんないしー」
ここで全員が大きくため息をつく。
「とりあえず、努力目標は団体行動を貫く、か?」
「だな。……さて、主がいるとしたら、どこかに隠れてるんだろう。探すか」
「ねーちゃんが居ればもっとやる気もでるのにぃー」
「なんでお前の泥棒家業は黙認で、わたしのちょっとした発言は睨まれるのだ」
「はとこの発言は実行したら邪悪そのものな話が多いからっしょ」
「お前のは他愛ない子どもの悪戯レベルで考えられてるかもしれんぞ、はとこの子よ」
にらみ合う妖精二人に、フィリスから鋭い声が飛ぶ。
「遊んでないでさっさと探しなさい」
■気付いたら、もう31回をアップですか。
着実に本放送に近づいてるじゃないですか。まあ、本編の進み具合が芳しくないのが悪いのですが。
前回に引き続き、ルールの細かいところはすーっとスルーしていただけるとありがたいです。
雰囲気を楽しむものだと思っていただければ。
「にゅう、姉ちゃん、はとこにそんな事言っちゃったの?」
場所は城の台所。大きなテーブルの端に座ったグラスランナーが、苦笑交じりに彼女に言う。といっても、視線は自分の手に向けたまま。グラスランナーは絹さやの筋を一個一個丁寧に取りながら話している。
「だーって、腹が立ったんだもん」
口を尖らせる彼女を一瞬だけみて、グラスランナーは困ったように笑う。とはいえ、手は止めない。小さいが器用な手は、次々と作業を終えていく。
「そりゃ、パラサはクレアが好きだから、わたしがすることは不満かもしれないけど」
「そんなことないにゅ。俺はクレア姉ちゃんが、はとことどーにかなりたいって言うなら、協力するにゅ」
「へ?」
彼女はまじまじとグラスランナーを見た。
クレアのことが大好きで、いつもクレアを最優先しているグラスランナーが、そういうことを軽く言うとは思って居なかった。
「俺はねえ、クレア姉ちゃんには幸せになってもらいたいにゅ。だから、姉ちゃんが望むんなら、協力はするよ。俺がお呼びじゃないの、分かってるしー」
最後のほうは少々自虐的に言うと、グラスランナーは首をかくんと傾げて見せた。
「でーもー、別に今どうこうしたいわけじゃなさそうだし、放っておくにゅ。クレア姉ちゃんが望んだときに、はとこがへそ曲げてたら、クレア姉ちゃんが気の毒にゅ」
「それはそうなんだけどー。クレア、自分がどう思ってるのか、気づいてないかもしれないって思わない?」
「ん、そこがクレア姉ちゃんの可愛いトコにゅ」
にぱ、とグラスランナーは笑った。
「……パラサ、アンタ何気にウチの男どもの中では一番大人よね。人間だったら放っておかないのにィ」
彼女が冗談めかして笑うと、グラスランナーは声を立てて笑った。
「俺が人間だったとして、姉ちゃんと初めて会ったとき、俺お金持ちじゃなかったから、お呼びじゃないっしょ。アーチーに行くっしょ」
「あ、それはそうかもしれない」
悪びれもせず彼女はあっさりと肯定する。グラスランナーはもう一度笑う。
彼女の、こういうあっさりとしていて、裏表の無さがいいと思う。可愛いところだ。一途だし、いい女なのに、アーチーは見る目が無い。なんて思うけど、ソレは口にしない。
「ともかくー、もし姉ちゃんが、はとことクレア姉ちゃんをくっつけたいんやったら、はとこを突っついても無駄にゅ。はとこ臆病だからさー、色々自分で言い訳考えて動かないって」
「臆病?」
彼女は意外そうな目でグラスランナーを見た。グラスランナーはうん、と頷く。いつの間にか、筋を取っていた絹さやは籠いっぱいになっていて、仕事は終わっている。
「だって、臆病じゃなかったら、自分に害が及ぶ前にどうにかしようって作戦立てないにゅ。寸前で食い止めるどころの話じゃないっしょ、最初から無かった事にするくらいの勢いっしょ? 俺、はとこと二人で旅した時も、凄かったんだから、予防予防で」
グラスランナーは苦笑して彼女を見上げる。
「はとこにとっては、クレア姉ちゃんなんて未知の生物と同じにゅ。女の子、ってだけで理解不能気味なのに」
「そうなの?」
「はとこ、たまにフィリス姉ちゃんの発言も分かってないにゅ」
心当たりがいくつかあって、彼女は苦笑するしかない。
「しかも、クレア姉ちゃんは神様信じてて、人を疑わなくて、話に裏が無いかなんて考えなくて、自分が不利益をこうむるって分かってても、信じた道を突き進んじゃうにゅ。はとこが理解できるわけ無いにゅ」
「あー」
いちいちごもっともな指摘に、彼女は笑う。
何せあのエルフは、神様を信じなくて(これはエルフだから普通だけど)、人はとりあえず依頼人でも疑い、話に裏が無いか確認してから行動をするかどうか決め、しかも自分には絶対不利益にならないようにする。
「だからねー、臆病者のはとことしては、なるべく近づきたくないのは当然にゅ。まあ、エルフって長生きするから、臆病になるのも当然かもしんないにゅ。長い人生、ん? エルフ生? ともかく、心も体もなるべく傷つかないようにしてなきゃ、やってけないにゅ。俺らみたいに気楽に生きればいいのにー」
最後のほうは茶化すような口調で言うと、グラスランナーはひょい、と椅子から飛び降りる。そしてまだ座ったままの彼女を見た。
「かたっぽだけ長生きなのって、残るほうと残すほう、どっちが不幸?」
彼女はまじまじとグラスランナーを見て考える。
「どっちかなあ?」
「人間の50年はかなり長いし、俺らグラスランナーにとっても50年ってわりと長いけど、エルフにとったら50年ってたいした長さじゃないっしょ。……はとこがクレア姉ちゃんとの50年のために、その一瞬のために、残りの時間を全部かけちゃえるくらいの何かがなかったら、はとこからは動かないと思うにゅ。もし、二人をどうにかしたいなら、けしかけるならクレア姉ちゃんのほう」
「大好きなクレアが、スイフリーとくっつくの、あんたはホントに平気?」
「俺? 俺の弱いところはさぁ、クレア姉ちゃんが大好きなのに、はとこのことも好きなことにゅ」
グラスランナーはもう一度にぱりと笑うと、「クレア姉ちゃんに用意できたって言ってくるー」といいながら、スキップで部屋を出て行った。
■S×Cというカテゴリ名が、あからさまな上、それといってSのエルフとCの人が絡んでないことに気付き、急遽カテゴリ名を変えてみました。
新しいのは「Lovesick」
恋に悩むとかそういった感じの意味合いな単語っす。何処で聞いてきたんだっけか、こんな単語。
そしてこの話は何処に行こうというのか。
到着地点までの道のりもわからぬまま、その時その時思ったことを適当に書き連ねております。
いつもどおり、とも言います。