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こんこん、という軽いノックの音に返事をして、ドアを開ける。そこに立っていたのは、城に住まう少女だった。長い髪をポニーテールにした、目の大きい、可愛らしい子どもだ。この少女は、城主の中の一人が昔世話になっていた旅芸人の一座の娘で、現在はその縁でこの城の管理者の一人として城主たちを待っている。人懐っこく、また素直ないい娘だ。
彼女は少し首を傾げてみせると、少女に声をかける。
「どうしましたか、リズ。御用ですか?」
「クレア様、お手紙です。さっき村の人がお野菜を届けに来てくれて……くださって、そのついでに」
少女はまだ慣れない丁寧な言葉を、詰まり詰まりゆっくりと話す。初めて会ったときの、本当に子どもらしい奔放な喋り方から思えば、少し大人になってきた、ということかもしれない、と彼女はぼんやりと考える。
もしかしなくても、時間はゆっくり、確実に進んでいるのだ、と。
何通かの封書を受け取り、その場で差出人を確認する。大半は、少女宛のものだった。
「リズ、これは貴女への分です。レジィナさんからですよ」
「わぁ、レジィナお姉ちゃんから!?」
嬉しそうな笑顔を浮かべ、少女は封書を見つめる。手紙の主は城主のうちの一人で、少女にあててよく手紙を送ってきていた。旅先の絵葉書が大半だが、時折小さな土産物なども同封されている。少女が手紙を楽しみにするのも無理は無い。その嬉しそうな笑顔に、彼女まで嬉しい気持ちになる。
残った封書は2通。片方は表向きに城主である騎士からのもので、かなりの量の紙が入っている。多分今後の領内での方針などが書かれているのだろう。この手の封書もよく届くので、そろそろ新しいものが届くだろうと考えていた。だから、別段驚きはしない。これが届いたということは、そのうち細かい打ち合わせに一度騎士が戻ってくるだろう。説明ができるように色々と用意をしておく必要がある。手紙は、後でしっかり読み込む必要がある。
そして騎士が帰ってくると言うことは、魔術師も帰ってくる。魔術師から言われたことが最近頭の中をぐるぐると回っていて、最近彼女は自分があまり落ち着いていないことに気付いていた。この際、それについてももう一度質問してみるのもいいかもしれない、と考える。
もう片方は、やはり城主であるグラスランナーからの手紙だった。こちらも数枚、様々なことが書かれた手紙が入っている。実に楽しそうに書かれた文面に、彼女は少し苦笑する。結びにいたっては『愛をこめて』などとしたためられていて、いつものこととはいえ、軽く困惑する。
こう、簡単に伝えてしまえるグラスランナーを、少しうらやましい、とも思う。
と、手紙の中の一文に目が留まる。
何のことは無い、そのうち連れとともに帰るというだけの文章。
その部分だけ何度か読み返す。
「クレア様」
「何ですか?」
向かいで手紙を読んでいたはずの少女が、こちらを見てニコニコ笑っていることに気付く。
「楽しそうですね。レジィナさんからのお手紙に、楽しいことが書かれていましたか?」
「うん、レジィナお姉ちゃん、暫らくしたら帰ってくるって」
「それはよかったですね。いつごろか分かったら教えてください。お迎えするための準備をしましょう」
「うん!」
はちきれんばかりの笑顔で返事をする少女に、彼女は少し微笑んでみせる。
微笑む、などという動作をするようになったのは最近のことだ。前はそんな余裕は無かった。この余裕を、多分自分は喜ぶべきなのだろう、と彼女は思う。
所謂「閑職」に追いやられて初めて、自分は、多分笑顔を取り戻したのだ。
「クレア様も嬉しいことが書いてあったんですね?」
ニコニコと少女は笑って彼女を見上げる。
「え?」
思わず聞き返すと、少女は笑みを浮かべたまま続けた。
「だって、そのお手紙を読んでから、クレア様はとっても嬉しそうです」
「え?」
彼女は思わず少女に聞き返す。
少女はにっこりと笑って見せた。
「クレア様は、いつもパラサさんからのお手紙が来ると嬉しそうです」
「そうですか?」
尋ねると、少女は大きく頷いて見せた。
「パラサさんからのお手紙が来ると、クレア様は最初のほう、困った顔をして読んで、そのうちすごく嬉しそうな顔をします」
無意識のことについての指摘に、彼女は面食らって、ただまじまじと少女を見つめる。
「そうなんですか?」
「うん」
思わず聞き返すと、少女は久しぶりに子どもらしい返事をして、大きく頷いた。
「前から不思議で、でも、その話をしたら母さんは当然だって言いました」
「???」
思わず頭の中に疑問符がたくさん浮かぶ。自分がグラスランナーからの手紙で嬉しそうにしていることすら今日初めて知ったのに、少女の母親に言わせれば、それは当然だと言う。
「え、なぜなんでしょうか?」
思考が止まってしまった頭では何も考えることができず、彼女は思わず目の前の少女に尋ねる。
「わたしもよく分からないんですけど、お手紙が来たら必ず帰ってくるからだ、って、母さんは言いました」
少女も困惑したような顔で首を傾げてみせる。
「よく分からないですね」
「ね。わかんないです」
分からないことを分からないままにしておくのはよくないかも知れない、と彼女は思ったのだが、しかしどれだけ考えても自分では答えが出ないのだろう、とも思う。
「パラサさんもすぐ帰ってくるんですか?」
「ええ、スイフリーさんと一緒に」
「……」
少女が微妙な顔をした。少女は今でこそエルフの無愛想さに慣れたらしいが、それでもどうやら初対面がよくなかったようで、エルフのことを苦手としている。そしてエルフのほうも子どもは苦手らしく、それぞれ城に住むようになってから長いのだが、未だ互いの間には大きな溝がある。それに思い至り、彼女は悪いことを言ったかも知れない、と少し反省した。
それにしても、あのエルフは、あちこちで敵を作っているのではないだろうか。
自分との出会いもかなり悪かったし、この少女とも随分悪いようだ。
簡単に敵を作りすぎなのではないだろうか。
大丈夫なんだろうか。
そう考えて。
え?
あれ?
ふと自分の中の何かに触れたような気がして彼女は思わず息を止める。
「クレア様? 大丈夫ですか?」
少女が不思議そうな顔で彼女を見上げる。
「え? ええ、大丈夫です」
何とか笑みを作る。
大丈夫、笑えているはず。
「じゃあ、わたしは手紙をしまいに行ってきます」
少女はそういうと立ちあがる。
「レジィナさんが早くお帰りだといいですね」
「うん。クレア様も、パラサさんとスイフリーさんが早く来るといいですね」
少女が部屋を辞して、暫く彼女はソファから立ち上がれずにぼんやりとする。
たどり着いた、自分の中の、何か。
魔術師の、きれいな唇が笑みの形を作っていたことを思い出す。
ああ、コレは。
答えにたどり着いたのかもしれない。
■火曜日はラブシックの日、とりあえず最終火曜日です。
来月のことは良く分かりません。そして思いついたラストにこの話はたどりつくのでせうか?
というわけで、ちょっと時間が進んだ感のあるクレアさんサイドです。
しかし本当に答えにたどり着いたのかなあ?
どうなのかなあ?
まったくのノープランで、その時々に面白いと感じたことを書き付けているだけなので、どういう展開をするのか、本当に自分でも分かりません。
うっすらラインは見えてるんですけど、踏み外しや踏み抜きばかりしている気がします。