泡だとかぽこだとか。時折ルージュとか。初めての方は「各カテゴリ説明」をお読みください。
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■5
アノスの首都、ファーズは美しい都市である。
大理石を多用した白い町並み、ステンドグラスからの幻想的な光、祈りの時間に流れる鐘の音。その全てがファリスの栄光をたたえるものであり、ファリス信者が大半を占めるこの国では、その風景は誇りでもある。
逆に言ってしまえば、ファリス信者でなければ、ただ美しいと感じられる町並みであり、それよりも特に冒険者であれば、その堅苦しい雰囲気であるとか、自分たちに向けられる好奇の目であるとか、杓子定規的で全く柔軟性のないシステムであるとか、その他もろもろ不慣れな事が多発して正直やりにくい国である、とも言える。
つまり、オーファンから来た冒険者たちにとって、ファーズの評価は真っ二つになった。
「すばらしいです!」
と何もかもに感動するのは勿論イリーナ。見るもの全てに何となくファリスの正義を感じているような気がする。
ヒースもファリス信者の端くれ、流石に堅苦しさには居心地の悪さも感じるが、ファリスの総本山に来て悪い気はしない。
正直に居心地が悪いのは、他の神を信仰するドワーフの二人組み。
勿論何かがあったわけではないのだが、疎外感を感じないわけではない。特にガルガドの場合、マイリー信仰の厚いオーファンから来たわけで、感じる落差はかなりのものがあった。バスのほうは、その点まだマシで、初めて見る町並みに新たなサーガのタネが無いか探すくらいの余裕はある。
エキューもどちらかといえば、あまりこの街は好きになれなかった。何となくやりづらい、そんな気持ちにさせる街だ、と思う。ついでに言えば、他の街ならまだ冒険者がたくさん居て、エルフやハーフエルフを見る機会もあるのに、この街では冒険者が少ないせいで彼等を見かけないし、エルフにいたっては神を信じない種族、見ることはほぼ絶望的だ。
旅のお楽しみ程度のアクセントだが、それが全く無いのはそれはそれでつまらないというか残念でならないというか。
マウナもどちらかといえば、居心地が悪い。きちんとした服装の人たちが歩いているのは、好感が持てる。しかしその彼等から自分たちに向けられるのは好奇の目であり、さらにはソレがハーフエルフという自分に対する差別の目に感じられてくる。オーファンで自分は随分暖かに接して貰っていたのだな、と感じる。
ちなみにノリスはどちらの感想もあまり抱かなかった。街は綺麗だし、見るものは珍しい。けど、仕事はやりにくそう。まあ、住む事は無いんだし、見物していけばいいか、といったところである。
「久々に来たが、相変わらずだな」
スイフリーが口をへの字にしてぼやく。
「はとこには悪い思い出しかないもんねえ」
「喧しいわ」
そんな会話をよそに、レジィナはオーファンの冒険者たちを見る。
「最初はなれないかもしれないけど、なれちゃえば大した事ないよ。悪い人たちじゃないんだ、悪い人たちじゃ」
「ルールさえ守れば問題ないわよ。あんな目、気にしないでいいのよ」
フィリスはそれとなくマウナを自分の背に隠しながら言う。
「ありがとうございます」
「いいのよ」
「では、私は神殿へ向かいます。イリーナの到着の報告や、その他連絡など済ませてきます」
クレアは硬質な声で宣言する。
「私も神殿見てみたいです」
イリーナの挙手に、クレアは困った顔をした。
「そうですね、一般信者ならただの巡礼として簡単に入ってもらえるのですが……イリーナは正式な客人ですし」
「今回は遠慮しとけ、イリーナ。正式に招待されたときにあっちこっち見て回ればいいだろ」
「……わかりました」
ヒースの言葉にうなずきつつも、非常に残念そうな顔をするイリーナに、クレアは軽く頭を下げる。
「では我々はいつもの宿に居るから。何かあったら連絡してくれたまえ」
「わかりました」
「姉ちゃん、送っていこうか?」
パラサがクレアを見上げる。彼女は少し微笑むと、「大丈夫ですよ」と返答する。パラサは残念そうな顔をしたが、すぐに立ち直る。
「じゃ、またね、にゅ」
■……昨日が金曜日だったんですね(苦笑)
どうも曜日感覚がぬけているというか……。
通常日記にも書きましたが、先週の土曜日に親知らずを抜いたら、ドライソケットという症状を引き起こし、今週一週間ずーっと歯が痛いという状況になっていたのですよ。
もうねー、思考能力が奪われます。
一日過ぎるのが長かったですわ(苦笑)
さて、今回からアノス編です。
つまりあとちょっとで終りです。
そんなこんななのですが、WEB拍手で、大理石のキレイな街ということはソーミーに立ち寄るんですかー? と尋ねていただいて初めて、ソーミーとファーズをごっちゃにしていたことが判明しました。
まあ、大きく問題はなかろう、ということでそのままアップしちゃうことにします。
アノスの首都、ファーズは美しい都市である。
大理石を多用した白い町並み、ステンドグラスからの幻想的な光、祈りの時間に流れる鐘の音。その全てがファリスの栄光をたたえるものであり、ファリス信者が大半を占めるこの国では、その風景は誇りでもある。
逆に言ってしまえば、ファリス信者でなければ、ただ美しいと感じられる町並みであり、それよりも特に冒険者であれば、その堅苦しい雰囲気であるとか、自分たちに向けられる好奇の目であるとか、杓子定規的で全く柔軟性のないシステムであるとか、その他もろもろ不慣れな事が多発して正直やりにくい国である、とも言える。
つまり、オーファンから来た冒険者たちにとって、ファーズの評価は真っ二つになった。
「すばらしいです!」
と何もかもに感動するのは勿論イリーナ。見るもの全てに何となくファリスの正義を感じているような気がする。
ヒースもファリス信者の端くれ、流石に堅苦しさには居心地の悪さも感じるが、ファリスの総本山に来て悪い気はしない。
正直に居心地が悪いのは、他の神を信仰するドワーフの二人組み。
勿論何かがあったわけではないのだが、疎外感を感じないわけではない。特にガルガドの場合、マイリー信仰の厚いオーファンから来たわけで、感じる落差はかなりのものがあった。バスのほうは、その点まだマシで、初めて見る町並みに新たなサーガのタネが無いか探すくらいの余裕はある。
エキューもどちらかといえば、あまりこの街は好きになれなかった。何となくやりづらい、そんな気持ちにさせる街だ、と思う。ついでに言えば、他の街ならまだ冒険者がたくさん居て、エルフやハーフエルフを見る機会もあるのに、この街では冒険者が少ないせいで彼等を見かけないし、エルフにいたっては神を信じない種族、見ることはほぼ絶望的だ。
旅のお楽しみ程度のアクセントだが、それが全く無いのはそれはそれでつまらないというか残念でならないというか。
マウナもどちらかといえば、居心地が悪い。きちんとした服装の人たちが歩いているのは、好感が持てる。しかしその彼等から自分たちに向けられるのは好奇の目であり、さらにはソレがハーフエルフという自分に対する差別の目に感じられてくる。オーファンで自分は随分暖かに接して貰っていたのだな、と感じる。
ちなみにノリスはどちらの感想もあまり抱かなかった。街は綺麗だし、見るものは珍しい。けど、仕事はやりにくそう。まあ、住む事は無いんだし、見物していけばいいか、といったところである。
「久々に来たが、相変わらずだな」
スイフリーが口をへの字にしてぼやく。
「はとこには悪い思い出しかないもんねえ」
「喧しいわ」
そんな会話をよそに、レジィナはオーファンの冒険者たちを見る。
「最初はなれないかもしれないけど、なれちゃえば大した事ないよ。悪い人たちじゃないんだ、悪い人たちじゃ」
「ルールさえ守れば問題ないわよ。あんな目、気にしないでいいのよ」
フィリスはそれとなくマウナを自分の背に隠しながら言う。
「ありがとうございます」
「いいのよ」
「では、私は神殿へ向かいます。イリーナの到着の報告や、その他連絡など済ませてきます」
クレアは硬質な声で宣言する。
「私も神殿見てみたいです」
イリーナの挙手に、クレアは困った顔をした。
「そうですね、一般信者ならただの巡礼として簡単に入ってもらえるのですが……イリーナは正式な客人ですし」
「今回は遠慮しとけ、イリーナ。正式に招待されたときにあっちこっち見て回ればいいだろ」
「……わかりました」
ヒースの言葉にうなずきつつも、非常に残念そうな顔をするイリーナに、クレアは軽く頭を下げる。
「では我々はいつもの宿に居るから。何かあったら連絡してくれたまえ」
「わかりました」
「姉ちゃん、送っていこうか?」
パラサがクレアを見上げる。彼女は少し微笑むと、「大丈夫ですよ」と返答する。パラサは残念そうな顔をしたが、すぐに立ち直る。
「じゃ、またね、にゅ」
■……昨日が金曜日だったんですね(苦笑)
どうも曜日感覚がぬけているというか……。
通常日記にも書きましたが、先週の土曜日に親知らずを抜いたら、ドライソケットという症状を引き起こし、今週一週間ずーっと歯が痛いという状況になっていたのですよ。
もうねー、思考能力が奪われます。
一日過ぎるのが長かったですわ(苦笑)
さて、今回からアノス編です。
つまりあとちょっとで終りです。
そんなこんななのですが、WEB拍手で、大理石のキレイな街ということはソーミーに立ち寄るんですかー? と尋ねていただいて初めて、ソーミーとファーズをごっちゃにしていたことが判明しました。
まあ、大きく問題はなかろう、ということでそのままアップしちゃうことにします。
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「クレアの気持ちは分かった。が、わたしはそれを受け取れない。それがわたしの答えの全てで、それ以外の答えの持ち合わせはない」
「私の今の問いかけには答えになりません」
「受け取る気持ちが無い以上、わたしの感情がどこに存在していてもそれは関係のない話だ」
「受け取っていただけないのはどうしてですか?」
「何度も答えたと思うが。エルフと人とは幸せになれないからだ」
「やってみないとわかりません」
随分前と同じ返答に、彼は内心苦笑する。
こういう展開なら、多分上手く諦めさせることが出来るだろう。
「分かる。なぜなら、幸せにしているエルフと人を見たことが無い」
「これから見るかもしれませんし、知らないところに入るのかもしれませんよ」
「その理論は証明不可能だから却下だ」
「では、貴方の言っていることも証明不可能ですよね?」
「……」
「それに、もしかしたら貴方と私がその最初かもしれません」
「違う可能性のほうが大いに高い」
「幸せになれないから、ダメなんでしょうか?」
切り口が変わった問いかけに、彼は少し戸惑いながら返答する。
「それ以外に何が?」
「私だって、そう子どもでは有りません。私が好きだからといって、貴方が私を好きであるとは限らないことくらいは分かります。ですから、貴方自身が私を嫌いなのであれば、それは仕方ないことですし、時間をかければ諦められる日もくるでしょう。でも、貴方は、幸せになれないからダメだと答えるだけで、私自身がどうである、とは答えてくれていません」
「……」
「幸せになれなくてもいいから、というのではダメですか?」
「どうせなら、幸せになるほうがいいじゃないか」
「どうしてエルフと人では幸せになれないんですか?」
「ちょっと考えれば分かるだろう。生きる時間が違う。どちらか一方だけがどんどん年老いていくというのは、残酷な話だろう。年老いていくほうは、全く変わらない相手に時間の隔絶を思い知らされる。そして変わらないほうは、変わっていく相手についていけないだろう。理性で分かっていても、感情はすぐには切り替わらない。変貌するのが女性ならなおさらだ。もし変わらないほうが気にしないと言っていても、果たして信じられるかどうか。女性というのは永遠に若く美しくありたいものだろう? 隣に何もしないでも変化しない奴がいるというのは残酷であり腹の立つ話だ」
「私あまり自分が年老いることに恐怖はないですけど」
「一般論だ」
「……私は、あなたがずっとそばに居てくれれば、それで幸せだと思えます。こういう考え方でも、エルフと人は幸せになれないでしょうか?」
まっすぐな瞳で、彼女は彼を見る。
どうしてそんなことを、ストレートに口にできるのだろう。
臆面も無く。
聞いているだけで恥ずかしさがこみ上げる。
そして同時に。
素直に嬉しかった。
……だからこそ。
彼はその質問に答えず、話を続ける。
「それ以外に、子どもの話もある。生まれるのはハーフエルフだ。エルフからも人間からも受け入れてもらえない、気の毒な種族。そうなるのを分かっていて産むのは罪悪ではないか?」
彼女はまじまじと彼を見た。その表情は、きょとんとしていると言ってもいい。
「あの」
「なんだ」
「一つ勘違いをされています」
「何が」
「もしも、ですけど。……貴方と私が結ばれて、子どもができたとしますよね?」
彼は彼女を見て頷いた。仮定の話なら、聞いても問題ない。
「生まれてくるのは、気の毒なハーフエルフじゃありませんよ」
「何を言ってるんだ?」
人間である彼女と、エルフである自分。生まれるのはほぼ間違いなくハーフエルフだ。
彼女の真意が分からず、彼は首を傾げる。
「生まれてくるのは、貴方と私に愛される、貴方と私の子どもであって、ハーフエルフなのはたまたまです」
彼は呆然と彼女を見た。ハーフエルフを「たまたま」で片付けられてたまるか、と思いもするが、それ以上に、単純にその発想の転換に驚いた。
「あー、そうだな」
思わず頷いてしまう。しかし、ここで言い包められる訳にはいかない。
「しかし、親がそう思っても本人がどう取るかは別だ。考え無しに気軽にそんなことを言うな」
「私が考え無しなら、なおさら、隣にいて私を止めてください」
彼女は彼の言葉に平然と答える。彼が相手の言葉を瞬時に予測し論を組み立てるのと同じように、彼女もまた彼の言葉を予測し、答えを考えてきたのだろう。
長い時間をかけて。
「それに、そういうのは嫌いですけど、子どもを産まないという選択肢もありますし」
「あー」
思考が追いつかない。
ただ、毒気を抜かれたのは確かだ。
「時間の問題は仕方ないですよ。その時どうであるか、なんてそのときにならないと分からないですから。私、小さい頃は自分が結婚したいという気持ちになるなんて思いもよりませんでしたし、もし、万が一そういう気持ちになるとしたら、同じファリス神官か、もしくは信者だろうと思ってましたから。だから、どうなるかなんて、今から考えても仕方ないんです。そう悟りました」
最後のほう、少し遠い目を一瞬したのは、気のせいにしておきたい。
神殿のエリートコースを転落して、こんな田舎で名代をする、なんて未来は想定していなかっただろう。
つまりはそういうことも含んで話しているに違いない。
「ですから、聞かせて下さい。貴方は、私のことをどうお思いですか?」
沈黙が長く続いた。
彼は大きくため息をつく。
コレは、多分何を言っても負けるのだろうと悟る。
そもそも、気持ちを捻じ曲げている時点で、負けは確定していたようなものなのだろう。
あの騎士は良く逃げ切ってるな、などと頭の片隅で思う。
「嫌いではない」
答える。
真っ直ぐに答えるのは癪に障るから、せめてもの抵抗を含めて。
「どうお思いですか?」
「嫌いではない」
再びの問いかけに、同じように答える。
彼女が眉を寄せる。真意を測りかねている、ということかもしれない。
「スイフリーさん?」
「嫌いじゃないといってるだろう」
彼女はいまだよく分からないという表情で、彼の言葉を聞いている。
「どういうことでしょう?」
「……」
彼はソファから勢い良く立ち上がる。そのままローテーブルに足をかけ、一気に彼女に近寄ると、その耳元に口を寄せる。
「好きだという意味だ。察しろ」
小声で言う彼の顔を見ようと、彼女は首をめぐらせる。
長い耳が、頬に当たる。その耳が熱かったので、彼女は彼の表情を見ることをやめた。
見る必要はない。
きっと彼は真っ赤になっている。
前触ったとき、彼の体温は低かった。
「お前の人生に、付き合ってもいい」
再び、耳元で声。
「多分、あと五十年くらいだ」
「貴方にとっては、きっと短い、一瞬でしょうね」
口に出し、その差を改めてかみ締める。
なんと言う隔絶だろう。
しかし、それで良いと自分はいったのだ。
「そうだな、一瞬だ」
その言葉に失望する。
一瞬だからと認めたのか。
どうせすぐに終わる熱病だ、と。
愕然とした心に、次の言葉が届く。
「……お前の一生なのにな」
少し寂しそうな声に、彼女は泣きそうになる。
小さく頷く。
寂しそうにしてくれるだけで、今は嬉しい。
「多くは望みませんから、今よりもうちょっとだけ、ここに帰ってくる回数を増やしてください。それから、必ずここへ戻ってきてください。……旅先で、死んでしまわないで下さいね」
ずっと言いたかったことを口にする。
「……善処する」
「それから」
彼女は苦々しい声で答える彼の体に腕を回して抱きしめ、それから小声でささやいた。
「テーブルを飛び越えるなんて、お行儀がわるいですよ」
「やかましい」
■前回の続きです。
先週アップしてか後半部分に手直しをちょっといれて、何か気付いたらとんでもない文字数になってました。
今回だけで3000字越えてますよ(苦笑)
と、言うわけで、次回が最終回です(今回じゃないんですよ)
間道ではその後何事もなく、一行は間道を抜けて再び街道に出る。間道への入り口は巧妙に隠されており、一見何もないように見える。
「なるほど、入り口は最初こんな風に隠されていたんだな。そりゃ、探す気がなきゃ見落とすな」
ヒースは納得したように頷くと、イリーナを見た。
「ではイリーナ。入り口が見えるようにこの辺の草を刈っちゃってくれやがりなさい」
「なーんか、納得いかないんですよねー」
言いながらも、イリーナはその大きなグレートソードを構える。
「何を言うか。この道がこのまま隠されていたら、悪事に使用されるかもしれないんだぞ? 邪悪がはびこることの無いよう、先に手を打っておくことも必要というものだ。ファのつく神の神官として、正しい行いと言えるだろう。正直草木が刈られるのを見るのは心が痛いが、ここはひとつ正しい行いのために目を瞑ろうではないか」
スイフリーの流れるような言葉に、イリーナは大きく頷く。
「わかりました! ではこの辺の木々をなぎ倒しておきますね!」
「道なんてどこにあるか関係なく、悪事に使うこともそうでないこともありますよね」
「まだファリスといえないのか」
「なんであの程度で丸め込まれるんだ……」
グイズノーは鼻で笑い、アーチボルトは呆れたようなため息をつく。ヒースは仲間の純粋さと言えば聞こえのいい単純さに思わず泣きまねをする。
三者三様の反応をすべてスイフリーは無視したし、イリーナは木を切るのに忙しく全く話を聞いていなかったが。
たいした時間もかからず、間道に入り口ができる。
「いい仕事をしました! ファリス様も見守ってくれていることでしょう!」
額の汗をぬぐいながら、イリーナが会心の笑顔を見せる。
「俺、イリーナ姉ちゃんをみてて、ファリスがわかんなくなってきたにゅ。姉ちゃんとちょっと違わない?」
パラサが困惑したような複雑な顔で遠くを見る。
「力押しって所ではそう変わらないんじゃないか?」
「正義を貫くために、力が必要なこともあります」
スイフリーの感想に、クレアが言い返す。
「んー、剣を振るう凛々しい姉ちゃんもステキだから、まあ、いいにゅ」
「なるほど、入り口は最初こんな風に隠されていたんだな。そりゃ、探す気がなきゃ見落とすな」
ヒースは納得したように頷くと、イリーナを見た。
「ではイリーナ。入り口が見えるようにこの辺の草を刈っちゃってくれやがりなさい」
「なーんか、納得いかないんですよねー」
言いながらも、イリーナはその大きなグレートソードを構える。
「何を言うか。この道がこのまま隠されていたら、悪事に使用されるかもしれないんだぞ? 邪悪がはびこることの無いよう、先に手を打っておくことも必要というものだ。ファのつく神の神官として、正しい行いと言えるだろう。正直草木が刈られるのを見るのは心が痛いが、ここはひとつ正しい行いのために目を瞑ろうではないか」
スイフリーの流れるような言葉に、イリーナは大きく頷く。
「わかりました! ではこの辺の木々をなぎ倒しておきますね!」
「道なんてどこにあるか関係なく、悪事に使うこともそうでないこともありますよね」
「まだファリスといえないのか」
「なんであの程度で丸め込まれるんだ……」
グイズノーは鼻で笑い、アーチボルトは呆れたようなため息をつく。ヒースは仲間の純粋さと言えば聞こえのいい単純さに思わず泣きまねをする。
三者三様の反応をすべてスイフリーは無視したし、イリーナは木を切るのに忙しく全く話を聞いていなかったが。
たいした時間もかからず、間道に入り口ができる。
「いい仕事をしました! ファリス様も見守ってくれていることでしょう!」
額の汗をぬぐいながら、イリーナが会心の笑顔を見せる。
「俺、イリーナ姉ちゃんをみてて、ファリスがわかんなくなってきたにゅ。姉ちゃんとちょっと違わない?」
パラサが困惑したような複雑な顔で遠くを見る。
「力押しって所ではそう変わらないんじゃないか?」
「正義を貫くために、力が必要なこともあります」
スイフリーの感想に、クレアが言い返す。
「んー、剣を振るう凛々しい姉ちゃんもステキだから、まあ、いいにゅ」
その後も旅は順調に続く。
エレミア・オランを抜け、アノスへの街道を順調に進んでいるところだ。
その道中は穏やかなものだった。街道をただ歩いてきただけだから、せいぜい山賊や山犬、蛇くらいが相手だったからだ。もちろん、相手にはならない。
オランでは数日滞在したが、大して変わったことは無かった。オーファンの冒険者たちにとっては初めての街だったから、見るもの聞くもの新しく随分楽しんだようだった。
もちろん、アーチボルトは誰も実家に寄せ付けなかったし、フィリスは実家に寄り付かなかった。
そのような経緯を経て、アノスへの道を進んでいる。
「そろそろアノスですね! ああ、どんな都なのでしょう! きっとファリス様の栄光に満ち溢れているんでしょうねー」
憧れの土地が近づくにつれてイリーナのテンションはどんどん上がる一方だ。
「まあ、そうだな、ファリス信者ばかりだからなあ」
スイフリーがげんなりした顔でため息をつく。
「アノスの都はファーズですよね!」
「お、イリーナ、ちゃんと知ってるとは珍しい」
意外、という表情でヒースはイリーナを見た。いつもなら鉄拳が飛んでくるような言葉だったのだが、機嫌がいいのか気にしなかったのか、ともかく鉄拳は飛ばなかった。
「ファーズって、どんなところ?」
ノリスの質問にクレアが答える。
「取り立てて変わったところはありませんよ」
「へえ」
「そんなことは無い」
スイフリーが苦い声で言う。
「とりあえず、全体的に白い。大理石が使われた建物が多いからだ。道を歩けば居るのはファリス信者ばかり。商売する気がないのか威圧的な店員。格式にばかりこだわって流動的でないシステム。どこが普通だ」
「何か、大変そうなところだね」
ノリスが顔を顰める。
「名物はアノスまんじゅう、1こ1ガメルにゅ。ただ見るだけなら綺麗な街にゅ」
「他の名物っていえば、見つけられない友愛団だとか、音楽堂?」
「友愛団は名物じゃないにゅ」
「それより先に大聖堂とかあげるべきじゃないですかね?」
パラサとフィリスの掛け合いに、グイズノーが苦笑する。
「ああ、初めてだとちょっと面食らうかもしれないが、宿にとまるときは武器を預けるシステムだ」
アーチボルトの言葉に、イリーナは途端に嫌そうな顔をする。
「えええええ、武器を預けるんですか!? グレートソードを!?」
「不都合でも?」
クレアがきょとんとイリーナをみる。
「うー、うー、確かに法皇様のいらっしゃる街で武器をふりまわすのは……でもグレートソードと離れるのも……」
「……あんな金属の塊、もてる店員がいるのだろうか」
「オレが何人集まったらもてるかなあ? 1ダースくらい?」
「わたし3人でもきびしいかもしれん」
「わたくしなら2人……いえ、3人必要ですかね」
パラサとスイフリー、そしてグイズノーがイリーナのグレートソードを見てため息をついた。
「みなさんが非力なだけですよ!」
「や、それは絶対無い」
エレミア・オランを抜け、アノスへの街道を順調に進んでいるところだ。
その道中は穏やかなものだった。街道をただ歩いてきただけだから、せいぜい山賊や山犬、蛇くらいが相手だったからだ。もちろん、相手にはならない。
オランでは数日滞在したが、大して変わったことは無かった。オーファンの冒険者たちにとっては初めての街だったから、見るもの聞くもの新しく随分楽しんだようだった。
もちろん、アーチボルトは誰も実家に寄せ付けなかったし、フィリスは実家に寄り付かなかった。
そのような経緯を経て、アノスへの道を進んでいる。
「そろそろアノスですね! ああ、どんな都なのでしょう! きっとファリス様の栄光に満ち溢れているんでしょうねー」
憧れの土地が近づくにつれてイリーナのテンションはどんどん上がる一方だ。
「まあ、そうだな、ファリス信者ばかりだからなあ」
スイフリーがげんなりした顔でため息をつく。
「アノスの都はファーズですよね!」
「お、イリーナ、ちゃんと知ってるとは珍しい」
意外、という表情でヒースはイリーナを見た。いつもなら鉄拳が飛んでくるような言葉だったのだが、機嫌がいいのか気にしなかったのか、ともかく鉄拳は飛ばなかった。
「ファーズって、どんなところ?」
ノリスの質問にクレアが答える。
「取り立てて変わったところはありませんよ」
「へえ」
「そんなことは無い」
スイフリーが苦い声で言う。
「とりあえず、全体的に白い。大理石が使われた建物が多いからだ。道を歩けば居るのはファリス信者ばかり。商売する気がないのか威圧的な店員。格式にばかりこだわって流動的でないシステム。どこが普通だ」
「何か、大変そうなところだね」
ノリスが顔を顰める。
「名物はアノスまんじゅう、1こ1ガメルにゅ。ただ見るだけなら綺麗な街にゅ」
「他の名物っていえば、見つけられない友愛団だとか、音楽堂?」
「友愛団は名物じゃないにゅ」
「それより先に大聖堂とかあげるべきじゃないですかね?」
パラサとフィリスの掛け合いに、グイズノーが苦笑する。
「ああ、初めてだとちょっと面食らうかもしれないが、宿にとまるときは武器を預けるシステムだ」
アーチボルトの言葉に、イリーナは途端に嫌そうな顔をする。
「えええええ、武器を預けるんですか!? グレートソードを!?」
「不都合でも?」
クレアがきょとんとイリーナをみる。
「うー、うー、確かに法皇様のいらっしゃる街で武器をふりまわすのは……でもグレートソードと離れるのも……」
「……あんな金属の塊、もてる店員がいるのだろうか」
「オレが何人集まったらもてるかなあ? 1ダースくらい?」
「わたし3人でもきびしいかもしれん」
「わたくしなら2人……いえ、3人必要ですかね」
パラサとスイフリー、そしてグイズノーがイリーナのグレートソードを見てため息をついた。
「みなさんが非力なだけですよ!」
「や、それは絶対無い」
■オラン―アノス間の街道の名前って、何だっけ?
ま、いいや。
次回からアノス編!
ま、いいや。
次回からアノス編!
歩き始めて暫らく。
「どうしてあの家がルキアルの策略だと思ったのだ?」
一行の中程を歩くスイフリーにガルガドは尋ねる。
「単に魔物がいただけ、という可能性は考えなかったのか? 手がかりはなかったはずだが……」
「私も知りたいです!」
しゅた、と右手を挙げてイリーナが会話に参加する。スイフリーは面倒くさそうに二人を見た。
「長くなるぞ?」
「かまわん。どうせ時間はたっぷりあるからの」
「なるべく分かりやすくお願いします!」
二人の答えに、スイフリーは大きくため息をついてから、話し始める。
「あの家が何物か考えた。単なる魔物なのか、策略で用意されたのか。いつ使えるとも分からない危険なものを策略で用意するのはリスクが高すぎる。と、いうことは、もとからあったのだろう。となると、これはなぜここにある。道は使われてないが、整備されたあとがある。つまり家は最初は普通だったが途中からおかしくなった。理由はどうだっていい」
「まあ、理由に関係なく、存在するからの」
ガルガドは大きく頷いた。
スイフリーはそれを見て続ける。
「となると、この家は邪魔なはず。さっきも言ったが、間道が使えれば戦略上有利なのに、使えないのだからな。では、邪魔なものはどうしたい?」
「邪魔な邪悪なものは排除あるのみです!」
力強い回答に、スイフリーは一瞬引きつったような笑みを浮かべて、それから真顔になる。
「そうだな。コレが自分の国にあったらどうするか想像してみた。邪魔なものは取り除きたいはずだ。しかしできていない。つまり、この家はそれなりに強いか、厄介な能力があるということになる。となると、それなりに力がある者が行くしかない。しかしそれはリスクが高い。必ず家を排除できるとは限らないからだ。そうなったとき、力を持ったものが居なくなってしまう」
二人が大きく頷いたのを見て、スイフリーは一度大きく息を吐いてから更に続ける。
「そこへ力があって邪魔な奴が通りかかった。そうしたら、そいつらを使えばいい。どっちがなくなっても、自分にとっては利益だ。さて、コレで大体考えはまとまった。わたしがこの程度考えるのだから、あのお方も似たようなことを考えるだろう。可能性は最初に立ち返って2つ。魔物か策略か。まあ、策略で考えたほうが安全だからここまでそっちで考えてきたわけだが」
「安全ですか?」
「警戒をしている、ということだろう」
首をかしげるイリーナに、ガルガドが解説する。
「単なる魔物である場合、見張りは居ない。策略によってこちらが動かされたのであれば、結果を見届けている者がいるはずだ。だとしたら、くり返しになるが、何処かに見届けている奴がいると考えたほうが安全側。だから、家から出たらすぐに周囲を警戒、とはとこに伝えた。そしたら本当に斥候がいた。あとはそいつをつかまえて答えあわせをするだけだ。ちょっとハッタリかまして問い詰めたら、案外あっさり認めてくれて、その辺はラッキーだったな」
「つまり、どういうことですか?」
「悪いほうに悪いほうに考えていったら、当たった、ということだの」
「我々は冒険者。危険を売りつけられるのが商売だ。そこを生き残ろうというのだから、常に最悪パターンを考えておくのが安全というものだ」
途中でついていけなくなったのか首を傾げるイリーナと、どちらに呆れているのか、ともかく呆れたような声を出すガルガド。そしてそれに対して反論になっているのかいないのか、微妙な返答をするスイフリー。
「まあ、無事だったんだから、筋道なんてどうでもいいじゃない」
能天気な声で言うノリスに、ガルガドは大きなため息をつく。
「有能なシーフがほしい……」
■書いてる最中に、スイフリーが何を言いたいのか理解できなくなった、なんて秘密だったら秘密だ。
■宣伝。
この一個前の記事に、一日遅れで「ラブシック」更新してあります。
気になっている方はそちらも合わせてどうぞ。
「どうしてあの家がルキアルの策略だと思ったのだ?」
一行の中程を歩くスイフリーにガルガドは尋ねる。
「単に魔物がいただけ、という可能性は考えなかったのか? 手がかりはなかったはずだが……」
「私も知りたいです!」
しゅた、と右手を挙げてイリーナが会話に参加する。スイフリーは面倒くさそうに二人を見た。
「長くなるぞ?」
「かまわん。どうせ時間はたっぷりあるからの」
「なるべく分かりやすくお願いします!」
二人の答えに、スイフリーは大きくため息をついてから、話し始める。
「あの家が何物か考えた。単なる魔物なのか、策略で用意されたのか。いつ使えるとも分からない危険なものを策略で用意するのはリスクが高すぎる。と、いうことは、もとからあったのだろう。となると、これはなぜここにある。道は使われてないが、整備されたあとがある。つまり家は最初は普通だったが途中からおかしくなった。理由はどうだっていい」
「まあ、理由に関係なく、存在するからの」
ガルガドは大きく頷いた。
スイフリーはそれを見て続ける。
「となると、この家は邪魔なはず。さっきも言ったが、間道が使えれば戦略上有利なのに、使えないのだからな。では、邪魔なものはどうしたい?」
「邪魔な邪悪なものは排除あるのみです!」
力強い回答に、スイフリーは一瞬引きつったような笑みを浮かべて、それから真顔になる。
「そうだな。コレが自分の国にあったらどうするか想像してみた。邪魔なものは取り除きたいはずだ。しかしできていない。つまり、この家はそれなりに強いか、厄介な能力があるということになる。となると、それなりに力がある者が行くしかない。しかしそれはリスクが高い。必ず家を排除できるとは限らないからだ。そうなったとき、力を持ったものが居なくなってしまう」
二人が大きく頷いたのを見て、スイフリーは一度大きく息を吐いてから更に続ける。
「そこへ力があって邪魔な奴が通りかかった。そうしたら、そいつらを使えばいい。どっちがなくなっても、自分にとっては利益だ。さて、コレで大体考えはまとまった。わたしがこの程度考えるのだから、あのお方も似たようなことを考えるだろう。可能性は最初に立ち返って2つ。魔物か策略か。まあ、策略で考えたほうが安全だからここまでそっちで考えてきたわけだが」
「安全ですか?」
「警戒をしている、ということだろう」
首をかしげるイリーナに、ガルガドが解説する。
「単なる魔物である場合、見張りは居ない。策略によってこちらが動かされたのであれば、結果を見届けている者がいるはずだ。だとしたら、くり返しになるが、何処かに見届けている奴がいると考えたほうが安全側。だから、家から出たらすぐに周囲を警戒、とはとこに伝えた。そしたら本当に斥候がいた。あとはそいつをつかまえて答えあわせをするだけだ。ちょっとハッタリかまして問い詰めたら、案外あっさり認めてくれて、その辺はラッキーだったな」
「つまり、どういうことですか?」
「悪いほうに悪いほうに考えていったら、当たった、ということだの」
「我々は冒険者。危険を売りつけられるのが商売だ。そこを生き残ろうというのだから、常に最悪パターンを考えておくのが安全というものだ」
途中でついていけなくなったのか首を傾げるイリーナと、どちらに呆れているのか、ともかく呆れたような声を出すガルガド。そしてそれに対して反論になっているのかいないのか、微妙な返答をするスイフリー。
「まあ、無事だったんだから、筋道なんてどうでもいいじゃない」
能天気な声で言うノリスに、ガルガドは大きなため息をつく。
「有能なシーフがほしい……」
■書いてる最中に、スイフリーが何を言いたいのか理解できなくなった、なんて秘密だったら秘密だ。
■宣伝。
この一個前の記事に、一日遅れで「ラブシック」更新してあります。
気になっている方はそちらも合わせてどうぞ。
大広間の、陽だまりにそのソファはある。
その場所は、彼のお気に入りに場所のひとつで、城内にいるときは大体この場所で過ごす。それが全員にも暗黙の了解になっていて、それといって伝えなくても、誰もそのソファに座らないし、また、彼を探すときには最初に皆ここへやってくるようになった。そういう、手続きの簡単なところも、彼がこの場所を気に入っている理由の一つになる。
その日も、彼は同じようにソファに座り、この城の表向きの城主(実質は仲間全員が城主なのだが、一応名目上はこの国の騎士になった者が城主になっている)から回された書類に目を通していた。今後の村の統治をどうするか、などの話ではあるが、実質は名代が全て取り仕切るために、マニュアルめいたものを作っておく作業だ。こういうこまごまとした作業は嫌いではないので、苦にならない。
と、正面のソファにその名代が座ったのに気付いて彼は一度顔を上げる。
「何か用か?」
「いえ、特に」
「そうか」
彼は再び書類に目を落とす。大広間には他に誰も居ない。広い室内には、他にも座るところはたくさんあるし、彼女はどちらかというと大テーブルのほうへいくことが多いから珍しい、と思う。が、特に何をいう必要もないので、彼はそのまま放っておくことにした。
彼女はある一定の決意とともに彼の前に座った。
少し長い髪が、書類を読む彼の顔にかかって、こちらからでは表情はうかがい知れない。が、落ち着いた様子なので書類に問題はないのだろう、と彼女は思う。
陽だまりに居る彼の、銀の髪が光を反射してキラキラ光っている。黙っていれば、そしてあの世間の全てを疑っているような目が見えなければ、「美しい」と評されるエルフだけあって、彼は美しい。そしてその美しさを永遠に保つという。尤も、彼はその口の悪さと目つきの悪さでほぼ全てを台無しにしているのだが、別に彼はそれを気にしては居ないだろうし、また自分も気にしない。
「……何か用なのか?」
彼が再び口を開く。その声はまだ落ち着いた低さを保っていて、彼が怒っていないことを彼女は知る。
「いいえ、ありません」
「……そうか」
こちらを見もしないで尋ねる彼に答える。
根本的に作りが違うのであろう華奢な体に似合わない、低い声が好きだ。
柔軟すぎる考えにたまについて行けないことはあるが、それが彼女に新しい世界を見せてくれたのは、確かなことだ。
多分、自分は彼のことをずっと好きだったのだろう。
ただ、自覚が今になっただけなのだ。
きっとあの魔術師は、見ていて面白いやら歯がゆいやら立っただろう、と思う。
彼女はただ、彼を見つめる。
彼は書類をテーブルに置くと、深くため息をついて再び言った。
「用件は何だ」
「ありません」
「……ではなぜずっとそこにいる」
「座ってはいけませんか?」
「ダメってことはないが……」
彼は眉を寄せて不機嫌そうな顔を見せた。何を言うべきかしばし考え、そしてため息をつく。言葉が上手くまとまらなかったのだろう。
彼女は口を開いた。
「私は、あなたのことが好きです」
唐突なその言葉に、彼は彼女をまじまじと見る。
暫らくの間固まって、身動きせず、ただ彼女を見つめた後、漸く思考が再開したのか、口を開く。
「伝聞形ではなくなったのだな」
何とか軽口を叩くことができた。
「はい」
にこりと笑って見せた彼女に、彼はさして表情を変えず続ける。
「前も言ったが、わたしはそれを受け取れない」
「分かっています。でも、あなたはそれを前提に考えろとおっしゃいました。ですので、考え、いたった結論をお伝えに参りました」
事務的な口調に、彼は呆れて彼女を見る。
彼女の表情はほとんど変わっていなかったが、顔どころか耳まで赤く染まっていた。
「……別に、受け止めてもらえなくても仕方ないと思います。あなたの言うように、多分異種族間の恋愛などいいことはないでしょうし、あなた方エルフがこの国で過ごしにくいのも分かります。それ以前に、私にはあなたを殺そうとした過去もありますし、あなたはきっと私にいい感情を抱かないでしょう」
彼は彼女を見る。「違う」と否定したい部分もあるにはあるが、どう説明していいか考えがまとまらない。
彼女に殺されそうになった過去があるのは事実だ。しかし彼女の奔走があって今生きているのもまた事実である。
彼女は考え無しに突っ走ることも少なくなった。まだお堅い部分のほうが強いが、自分の間違いを認められるところであるとか、きちんと学習するあたりは好感が持てる。
総じて、彼は彼女のことが嫌いではない。
ただ、絶対に埋められない隔たりがあって、そのせいで二の足を踏んでしまうのも、また事実なのだ。
「それで?」
この返答は冷たいだろう、と彼は思う。
しかし、他にどう言えばいいのか、見当がつかない。
どう考えても、二人で行き着く先は暗い袋小路だ。それなら、いっそ最初から無いほうがいい。
瞬間の幸せなど、あるだけ残酷だ。
冷たく切り離しておくのが、お互いのためだろう。
「それだけです」
「は?」
彼女の、予想外の返答に彼はまじまじと彼女を見つめる。自分でも多分間の抜けた顔をしているのだろうと予測するが、だからといってすぐに表情を引き締められるものでもなかった。
「あなたは私に考えろとおっしゃいました。ですから、私は考えて、いろんな方に助言も頂き、結論を出しました。結論として、私はあなたが好きです。それで、その結論をお伝えに来たのです。あなたの問いかけに私は答えを出した、その事実をお伝えにきました。ただ、それだけです」
相変わらず顔は赤いが、さして表情を変えずに彼女は言う。
真っ直ぐな瞳が彼を捉え、思わず彼は視線をそらす。
どうしてこう、直進しかしないのか、と思う。
言うことも、することも、視線でさえ、彼女は真っ直ぐで、それ以外の線を知らないのではないかとさえ錯覚する。
「あー……」
何か言わなければ、と色々考えるが、いまだ言葉が出てこない。
予想範囲内のことであれば、いくらでも言葉は出る。今の成功の何割かは、口で稼いだようなものだ。相手より早く情報を分析し、相手がどうでるか考え、予想通りに事を動かし、もしくはそうなるように先に道を作っておく。そうやって来た。
その分、予想外なことや、ずばりと考えを言い当てられると、彼は弱い。
思考が一瞬止まる。
まさに今がその状態だった。
「貴方はどうですか?」
彼女は真っ直ぐ彼を見据えたまま尋ねる。
もっと言い方があるのかもしれない、と口にしてから思ったが、彼女の中にそれ以外の尋ね方はない。先に魔術師に尋ね方を聞いておくべきだっただろうか、とも思ったが、魔術師は城に帰ってくる頻度はそう高くないし、多分「クレアが聞きたいように聞くのが一番いいわよぅ」なんて笑って、何も教えてくれないだろう。
そもそも駆け引きというものが性に合わないから、聞いたところで実践できたかどうかも疑わしい。
「わたしは、受け取れないと、伝えたはずだが?」
彼から漸く返答があった。
内容に少し寂しい気分になったが、彼女はなおも彼に尋ねる。
「それは、私の気持ちを受け取れない、という意味でしょう? 貴方自身のお気持ちを聞かせていただきたいのです」
「同じだろ」
「違います」
彼女は彼を見る。彼は少し眉をよせ、困ったような顔をしている。困らせているのだと思うと心が痛いが、ここで退いたらもうこの話題は二度と互いの間に浮かび上がることは無いだろう。
今しか聞く機会は無い。
彼女は彼の目を見つめる。少し冷たい灰色の眼差しが、彼女を見ている。
答えを考えているのか、表情は硬い。
随分待ったが、それでも彼の返答は無かった。
「貴方は、私を、どうお思いですか?」
彼女は再び尋ねる。
彼は彼女を見た。
ウソをつくのは簡単だ。そして多分、そうしたほうがいい局面だろうと思う。
しかし感情的に、そうしたくない自分がいることに気付いて、彼はいまだ言葉を発することが出来ない。
理性で感情を抑えることは可能だ。が、その二つは完全に別のところに存在していて、感情に対して理性が働かないことがあることを、知らないわけではない。
しかし、
今回だけは。
理性に勝ってもらわないと困る。
不幸になることがわかっている一方通行の道を、わざわざ歩く必要は無い。
自分も。
彼女も。
■すみません、一日遅れでラブシック更新です。
水曜日に書ききれなかったのです(苦笑)
なんとファイルサイズは13KB!
文字数5981!
……ということで、これは前半部分です。
次週後半部分をアップ!
なのでタイトルも不完全なのです。うひひ。