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「あら、じゃあ、わたしアンタのこと、好きよ」
窓の外から唐突に聞こえた声に、彼は足を止める。彼女の声はどこまでも楽しそうで、イキイキとしていた。
『好き』
その言葉を、どれだけ彼女から聞かされただろう。時に真面目に、時にふざけて。あまりにも言われすぎて、その重みも嬉しさも当の昔に吹き飛んでしまったけれど。
いつも彼女がそういう相手は自分で、邪険に扱ってきたのは確かだが、それでも、その言葉を他人に向けられ、彼は何となく息苦しいものを感じた。
彼女の興味が他人に移ったのであれば、それは好ましい事ではないか。
彼はそう考え、しかし足は動かない。
相手は誰なのだ。
何を自分はこんなに焦っているのだろう。
彼女の話し相手が男性と決まったわけではないではないか。彼女なら、女友達にだって軽く『好きよ』なんていうに決まっている。
何を。
こんなに。
「では、わたしもお前のことが好きということになるな、フィリス」
色々な予測、というより願望は見事に打ち砕かれる。
返事をしたのは仲間のエルフだった。すこし面倒くさそうな返事ではあるが、きちんと相手をしている。彼は少なからず衝撃を受けた。あのエルフが、茶化さず好きだという言葉を相手に贈るとは思っても居なかった。
すこし混乱する。
誰が誰になんだって?
「そうでなかったら、一緒にいたりしない」
続くエルフの言葉に、彼女がくすくす笑っているのが聞こえる。
「あらあら、愛されててよかったわぁ」
鼻にかかったような甘えた声で、彼女は笑いながら言う。
「好ましい、というだけだぞ」
「充分よ」
エルフの苦い声にも、彼女はめげずに続けた。自分と彼女の会話は、他人から見たらこういう感じなのだろうか。もっとつれないのだろうか。
「でもねえ」
彼女の声がすこし曇る。
「いつまでつづくのかしら」
「さあな」
「いつまでつづけるの?」
「さあな」
聞いているのかいないのか、それでもエルフは一応返事をする。
無視しないだけ、自分より良心的かもしれない、と彼は思う。
「ねえ」
「何だ」
「何が足りないのかな?」
問いかけに、暫らくエルフは返事をしない。多分返答を考えているところなのだろう。困った顔をしているのか、真顔で考えているのか見てみたい気がするが、それをしたら立ち聞きをしているのがばれてしまう。
「わたしはヤツではないから明確に返答できない」
「そんなのわかってるわよぅ」
彼女は口でも尖らせているのだろう、と顔も見ていないのに表情を思い浮かべる。
「でも、似たような立場でしょ」
「全然違う」
「一緒じゃない、答えを出してないってところでは」
「一緒にするな」
返答に、彼女が納得の行っていないような低いうなり声を出す。
「お前たちほど、単純じゃない」
エルフはぼそりと言う。
「単純とは言ってくれるじゃないのよ」
幾分低い声で彼女が言うと、エルフがため息をついたのが聞こえた。
「アーチーは単に、認めたくないだけというか、意地を張っているだけだろう?」
何を言うか。
好いたことなど一度もない。
反論したいができるわけもなく、彼は歯軋りする。まさかそういう風に理解されているとは考えもしなかった。
「そうかしら。単純かしら。だって自分の気持ちすら認めないやつに、認められなきゃいけないのよ? 結構こんがらがってない?」
「同じ人間同士じゃないか。まとまるまとまらないはアーチーの腹積もりひとつだろう?」
「わたしには決定権がないわけ?」
「お前はアーチーが好きで決定してるんだろう? だったら、あとは相手だけじゃないか」
エルフが疲れたような声を出す。それに対して、彼女はまだ食い下がった。
「アンタは異種族だからダメって?」
「困難が多い、といっている」
「好きになっちゃったら、そういうのは関係ないのよ?」
「わたしはお前ほどパッショネイトじゃないんだ」
呆れにも諦めにも似たような声でエルフが答える。
「あの子があんなに一途に好いてくれてるのに、何が不満なの? わたしだってこんなに一途なのに、アーチーは何が不満なの?」
「アーチーのことはわたしにわかるわけないだろう」
「じゃあアンタはなんなのよ」
「エルフと人では幸せになれない」
「それって、誰が決めたの?」
「誰って」
エルフはそこで言葉をとめる。随分長い間、どちらも声をあげない。
エルフが考え込んでいるのか、それとも回答を放棄したのか。
「誰が決めたの」
彼女の声。
「昔からそう相場は決まってる」
返答になっていないことを、エルフはぼそぼそと呟くように答える。
「昔っていつよ」
「少なくとも、わたしはエルフと人とで幸せになっているのを見たことがない」
「たった140年でしょ」
「お前よりは長生きだ」
「その大半森の中じゃない。あんたどれだけ人とエルフのカップル見たのよ」
「うちの集落にはいなかったが、隣の集落にはいたんだ。ハーフエルフが。エルフの母親と。はっきりいって幸せそうには見えなかった」
「一組じゃない」
「充分だろう」
「旦那が生きてる間は幸せだったかもしれないじゃない」
「その後ずっと不幸せそうだったというのだ」
少しずつ二人とも早口に、そして言葉に力がこもっていく。
ケンカ腰の言葉に、彼はやれやれ、とため息をつく。
恋愛の話など、だからするものじゃない。
「アンタが怖いのは、結局自分の不幸でしょ!? 相手のことなんて何にも考えてないんじゃない!」
ばん、と何かをたたく音がして、それとともに、ばたばたと走り去る足音。
多分激昂した彼女が、机でも叩いて走り去ったのだろう、と彼は予測した。
「自分を優先して何が悪いんだ」
エルフの独り言が聞こえる。
「死なれてからのほうが、ずっと長いんだぞ」
■なんか、これ、スイフリーとクレアの話、というよりは、その二人にかこつけたアーチーとフィリスの話な気がしてきました。
んー、どっちも好きだから、まあ、いいや。
わりと適当に進んでいきます。