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部屋に居るのは彼と彼女の二人だけで、とても静かだった。
彼はずっと執務机に座って書類を睨んでいたし、彼女はその前に配置された、少々趣味の悪い応接セットのソファに身を沈め本を読み、時折仕事をしている彼を見たりしているだけだったからだ。
会話はない。
彼女は別にそれで構わなかった。彼に追い出されないだけマシだということだ。
とはいえ、流石にその静けさにも飽きてくる。もう随分長い時間こうしていたからだ。
彼女は立ち上がると彼の傍まで歩いていき、近くの窓から外を見た。単純に、窓がその方向にしかないからで、流石に「近寄るな」とまで彼は言わなかった。
窓の外は美しい景色が広がっている。
この窓からは広い庭が一望でき、城を任せている名代が、小さな女の子と喋っているのが見えた。女の子は、仲間の一人が昔世話になった一家の娘で、純真な受け答えをするかわいらしい子どもだ、というのが彼女の認識だった。
「ねえ」
彼女は彼に声をかけるが、彼は返事をしない。
「ねえ」
再び声は宙に浮くだけの結果となる。
「ねえってば」
彼女の声が聞こえているのか居ないのか、彼は未だに反応しない。
「アーチー」
「……なんだ」
低い声で名を呼ばれ、彼は遂に返事をする。相手をするつもりになった、というよりはその低い声に彼女の怒りを感じたからだ。不機嫌になりへそを曲げた彼女から、魔法を使われないとも限らない。今までそういうことはなかったが、これからもない、とは言い切れないのだ。
「クレアのことなんだけど」
彼女は窓の外で女の子に何かを教えているらしい金髪の女性を見たまま話を続ける。彼のほうは見ない。どうせ彼も自分を見ていないだろう、というのが彼女の予想だった。
「クレアがどうした」
「というか、スイフリーのことかな?」
「どっちなんだ」
「じゃあ、スイフリーのこと」
彼女はクレアから目を離さず、仲間の一人であるエルフの名を挙げる。
「スイフリーって、クレアのこと嫌いなのかな? 好きなのかな?」
彼は深々とため息をつく。
彼女は自分のことも他人のことも関係なく、恋愛の話が好きだ。今回は自分に矛先が向かなかったことを喜ぶべきかもしれないが、それでも彼はあまりそういう話をするのが好きではない。苦手分野の話をするのは苦痛なのだが、彼女は言ったって関係なく話を続けるだろう。
「苦手だ、とは公言してたけど」
「そうだな」
彼はぼそりと返事をする。スイフリーとクレアは、かなり特殊な出会い方をした。まあ、自分たちもそういう意味ではクレアと特殊な出会い方だったし、決して幸せで円満な出会いではなかったが。
彼は書類を机に置くと、初めて視線を上げ彼女を見る。予想外にも彼女は窓の外を見たままで、自分を見ては居なかった。まあ、それで全くかまわないのだが。
「わたしね、クレアには幸せになってほしいの」
「ほう」
「ある意味不幸せにしたのはわたしたちだから、っていうのもあるんだけど」
彼女は窓の外に視線を固定したまま、ぽつりという。光を浴びる彼女は綺麗だとは思うが、絶対に口にしない。
「苦手は苦手だろう。スイフリーは柔軟というか屁理屈を体現したような男だし、クレアは理屈というか理想というか、ともかくあまり柔軟ではないタイプだからな。話は合いにくい」
彼は自分のことを棚に上げ、仲間のことを評する。彼のそういうところが不用意で可愛いと彼女は思うが、とりあえず口にしない。折角会話が成り立ったのだ、自分から終わりにする必要はない。
「けど、嫌いでもないわよね?」
彼女の質問に、彼はしばらく考えてから、「だろうな」と返事をした。
「嫌っていたら、そもそもここを任せようなんていわないだろう」
「単に使えると思った、打算だ、とかは言わないんだ」
彼女は彼を見る。彼はふい、と視線をはずした。
「それもあるかもしれないが、そこまで冷徹でもないさ。嫌いかどうかの話だが、スイフリーは二度、人間に殺されかけてる。一度目はアーリア、二度目はクレアだ」
彼女は嫌そうな顔をしてから、それでも頷いた。
「未だにアーリアの評価は地を這ったままだが、クレアのことはそれなりに評価していると見て問題ないだろう。殺そうと考えられたという点では同じだが、評価の相違はどこから来たのか。アーリアは考えを改めなかったが、クレアは自らの断定を疑って、訂正した。そこが大きいだろうな。話が通じない相手は嫌いらしいが、クレアはそうでもない。が、こういう話は当人同士がするべきであって、部外者がするべきではない」
「それは分かってるけど」
彼女は再び庭のクレアに視線を戻す。どうやら剣を教えているらしい、素振りが始まった。
「幸せになってもらいたいのよ」
「そもそも、クレアはスイフリーをそういう対象として考えているかどうかわからないじゃないか」
彼女は呆れた顔で彼を見る。
「だからアーチーはダメなのよ」
「なにがだ」
いきなりダメだといわれ、流石に彼はむっとする。
「あのね、あの子は出世街道から外れたわ。知ってるわよね?」
「まあ」
理由が自分たち、というかスイフリーにあるのだ、流石に知らないとは言わない。
「その出世街道から外れた人が、救国の英雄であるアーチーの名代。お城に住んで領地経営の代行をしてる。……世間的に見れば、あるいみ元々のエリート神官より出世してるわよね? でも、そういう計算をあの子がすると思う?」
「しないだろうな」
コレは断言できる。彼女の性格上、そういう計算はしないだろう。いや、考え付きもしないだろう。ただただ真っ直ぐに、自分の信じる道を進むしかしらない、といっても過言ではないくらい、彼女は正直でまっすぐだ。
「あの子は頼まれたから、ここに居るの。他でもない、スイフリーに頼まれたから、よ」
「だが、クレアはそもそもスイフリーを監視したかったわけだろう? 自分が助けたことは本当に間違いではなかったかどうか」
「そんなの最初だけよ。口実って言っても過言じゃないわ」
「お前がそう思いたいだけだろう」
「そりゃ、宗教的理由から、理由の何割かにはその理由も含まれてるかもしれないけど、もしそういうなら、それはクレアの表向きの理由」
「お前な」
あまり決め付けるな、と付け加える前に彼女はまくし立てる。
「だって、監視したいならここにいちゃダメじゃない。スイフリーは『ココでわたしの帰りを待っていてもらおう』なんていったけど、本当に帰ってくるなんて保障はどこにもなかったのよ? 本当に監視していたいなら、ここで待ってちゃできないじゃない。あの子はね、信じたいの。待ちたいの。本当にスイフリーが戻ってくるのを。宗教上も、心情上も。戻ってくるっていうのは、約束を守ったってことよ。ファリス的にはそれは重要なことだし、それに」
彼女はそこで漸く息をつき、彼を見た。
「例えばアーチーが、とっても好きな人がいたとして」
「居ない」
「その即答はわたしとしてはとっても悔しいけど、想像して。想像力くらいあるでしょ」
「で?」
「そのとっても好きな人が、『ここで1年待っていて。絶対に戻るから』って言って何処かに旅立ったとするでしょ? アーチー、どうする?」
「とても好きな相手なのだろう? なら、待つ」
「1年以上来なくても?」
「待つ可能性は高い」
「わかってるじゃない」
彼女は指をびし、と彼に突きつけると続ける。
「言っとくけど、多分アーチーが名代を頼んでも、あの子来なかったわよ。スイフリーが言ったことに意義があるんだからね」
「スイフリーのほうはただ使い勝手がいいっていう理由だけかも知れんぞ」
「他人の幸せを祈れない人は、自分も幸せになれないわよ」
彼女は言うと、再び窓の外を見る。
「頼られるだけでどれだけ嬉しいか、知らないでしょ」
「しかしなあ」
彼はまだ難色を示す。
「もし、本当にクレアがスイフリーを好きだったとして、でも望むような未来は手に入らないのではないかな」
彼の言葉に、彼女は首をかしげる。
「望む未来って、アーチーはどういうのを想定しているの?」
「愛し合うだとか、結婚するだとか、子を産むだとか、そういうのだ」
「まあ、好きな人とそうなれたら幸せこの上ないけど」
彼女は彼を見る。自分も彼とそういう未来を望んでるつもりなのだが、一向に一方通行なのだ。もしかしたら考えの一端が分かるかもしれないと、彼女はふとそう思う。
「スイフリーはダークエルフにあこがれるだのなんだの口では言うが、あれでエルフであることに対しかなり誇りをもっているようだからだ。レジィナあたりをからかうときに、『人間の少女』ということからもよく分かる。彼は種族間の断絶に、随分敏感だ。クレアは人間だ。生まれてくるのはハーフエルフということになる。彼らは人間社会からもエルフ社会からも歓迎されない存在だろう?」
「好きになっちゃったらそういうのって関係ないわよ」
「あの『理性理論理屈万歳』なエルフでもか? 感情で動くか?」
「……ちょっと自信ない」
彼女の即答に彼は少しだけ笑って、はっとして顔を引き締める。
「ところで、……そもそも『苦手なのに好き』という感覚があるのか?」
「あるわよ。わたし学院にいたころ、真面目で堅物でいつも不機嫌そうですごく苦手で怖いんだけど、すっごく好きで何とかして話をしたい、笑ってほしいなって思う人がいたもん。スイフリーに同じ感覚があるかどうかは別として、苦手だけど好きっていう感覚はあるの」
「そんなものか」
「そうよ」
「経験が裏打ちしてるなら、真実だろうな」
「気になる?」
「いや、全く」
「だからアーチーはダメなのよ」
彼女は笑うと一度大きく伸びをして、ドアのほうへ歩き出す。
「クレアとお茶でも飲んでくるわ。今の話、スイフリーにもクレアにもしちゃだめだからね!」
彼女は彼に言うと、軽やかな足取りで部屋を出て行った。
静かになった部屋で、彼は再び書類に目を落とす。
すこし神経質にも思える綺麗な文字で書かれた書類を見て、クレアらしいと彼は評価する。彼女がスイフリーをどう思っているのか、それは分からないが、幸せになってもらいたい、というフィリスの主張には頷いてもいいと思う。
その思考はノックの音で解除された。
入ってきたのは、さっきまでの話のネタだったスイフリー。手に本を持っていることから、貸した本を返しに来たのだろう。
「さっき廊下でフィリスとすれ違った。妙にご機嫌だったぞ。遂にお前、首を縦にでも振ったのか?」
「振るか」
お前の話だったとは言えず、アーチーは否定するだけにとどめる。
「が、例えばわたしが首を縦に振っていたとして、だったらどうする?」
客は次の本、といいながら本棚をじっと見つめながら返答した。
「驚く」
「で?」
「観念したんやなー、という。あ、あとおめでとう?」
「そこで疑問形か」
苦笑して彼は客を見る。客は続けた。
「が、まあ、首を縦にふるにせよ、横に振るにせよ、そろそろ決着つけてもいいんじゃないか? あ、一度はついたのか。お前が見捨てられて。よかったな、拾いなおしてもらって」
意外な言葉に、彼は呆然と客を見る。
「なんだ、その目」
あまりの沈黙の長さに振り返ったスイフリーは憮然とした顔で彼を見た。
「驚いた」
正直に答える。
「さよか」
短い返答。
「悪い気はしてないくせに」
そういって、口を吊り上げるようにしてスイフリーは笑うと、本を一冊抜き取って彼のほうへやってくる。
「コレ、貸してくれ」
「お前はどうなんだ?」
思わず口から出る。口止めされていたのに、だ。
「何が」
「クレア」
「物好きだと思う」
「で?」
「やめとけばいいのにな、わたしなんか。変な女だ」
自嘲めいた声に、彼はまじまじと客を見た。
予想外の返事。
よほど呆気にとられた顔をしたのだろう、客は「エルフと人では幸せにはなれんよ」
と、そう続けると部屋からでていった。
■一応、すごーくぼんやりとした形で連作をもくろんでます。
本当にそうなるかどうかは、別の話。
到達点は両思いなスイフリーとクレア。周りは茶々を入れまくり。
……本当にそうなるかどうかは、書いてみないと分からない(笑)