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彼は逃げていた。
騎士であれば、逃げるという行為は推奨されないかもしれない。
が、彼は冒険者だった。
生き延びるために逃げることが、不名誉であるとは思わない。
必要ならば、逃げることは恥ではない。
そう自分に言い聞かせ。
彼は逃げていた。
考えてみれば、特に逃げる必要は無かったような気がするが、あの時は逃げるしかないと思ったのだ。
とはいっても、駆け足ではない。姿はあくまで歩いている。ただ歩幅が大きくやたら早足ではある。
長い廊下を、彼はともかく歩いていた。
窓の外は暗く、夜も随分更けてきたことがわかる。立ち止まれば、空に瞬く星の美しさに、もしかしたら気付けたかもしれないが、今の彼にそんな余裕はない。
追っ手の足音が聞こえないのが、彼に多少の安心感を与える。しかし気をぬいていられない。いつ、どこから、どういう邪魔が入るか分かったものではないからだ。
彼が現在居るのは、彼の家でもある地方の小さな城。
その自分の家で、彼は何から逃げているのかというと、つまりは仲間の女魔術師から逃げているのだ。
事は半刻ほど前にさかのぼる。
久々に帰り着いたわが家で、彼は名代から様々な連絡事項を聞き、それを元に書類に目を通していた。
執務室はどっしりとした机とそれに見合った豪華な椅子が置いてあり、そこに座り書類に目を通していると、気持ちが引き締まる思いがした。
小さいとはいえ、彼は領地領民を抱える領主でもある。
故あって城に長期滞在は出来ないが、滞在している以上はきちんと働こうという意思があった。もともと、事務処理であるとか、高い地位、などが嫌いではない彼である。城に戻り、血なまぐさい冒険をしばし忘れて「領主仕事」に精を出すことはとても好きだった。
名代が部屋を辞してから、暫らくすると仲間の女魔術師が部屋に入ってきた。彼女もまた、城の所有者であるので入室を拒む手立てはない。基本的に彼が仕事をしているとき、彼女が彼の邪魔をすることはないので放っておくことにしている。
彼女のほうもそれは理解しているので、邪魔することなく来客用のソファに半ば寝そべるように腰掛けると、黙って本を読み始めた。
沈黙は長く続いた。
が、いつまでも続くものではない。
「ねえ、アーチー」
彼女の声を、彼は無視する。気付かなかったといえばいい。書類に目を通しているのは本当だし、少々込み入ったことが書かれていて、気を抜けないのも事実である。
「ねー、アーチー」
再びの声も無視すると、彼女は暫らく口を開かなかった。
彼は、彼女の、魔術師としての力を評価している。
自分が挫折した道を(先天的な何かが決定的に欠落していたのか、彼は魔術を身に着けることが出来なかった)彼女は確実に進み、極めつつある。まだオーファンに居るという魔女ほどではないのだろうが、いつか彼女もその高みに到達できるのではないか、と思う。
しかし。
その人物像を、どのように評価したらよいのか、彼にはわからない。
冒険者仲間として知り合ったときは簡単だった。彼女は家出した放蕩娘であったし、魔術の力も目を見張るようなものは何もなかった。彼も駆け出しでたいしたことはなかったが、その世間知らずな発言も伴ってとりあえず、評価するほどの人物ではないと思っていたのだ。
更に言えば、家出した関係か、ともかく彼女はお金と地位にこだわっていた。どちらも実家に持ち合わせがあった彼は当然のように狙われた。もともとそういう方面に恵まれていた分、お金や地位に執着することはあまりスマートではない、という感覚もあって、彼女のガツガツした部分には閉口した。それを知ってか知らずか、彼女は湯水のように「好き」という言葉を使い、事あるごとに話を恋愛感情につなげた。ともかく、彼にとって彼女は非常に扱いにくい存在であった。
やがて冒険者として力をつけ、少なくとも彼女は貧乏ではなくなった。地位も、ないわけではない。今や名の通った冒険者であり、魔術師である。
もう彼を狙う必要は全くないはずなのである。
が、彼女は今も彼についてくる。
一度は見放されたはずなのに、だ。
全く、複雑怪奇なものである。
「ねえ! ってば!」
遂に彼女が大声を上げ、彼とて顔を上げないわけに行かなくなった。仕方なく思考をきりあげ書類から目を離し、彼女のほうを見る。
「何だ」
しぶしぶ返事をすると、彼女は彼を見た。
「欲しいものがあるの」
「自分で買え」
ここで不用意に「何が?」と聞かなくなっただけ、彼もいろんな意味で成長したといえる、かもしれない。
「買えないものなの」
「ではわたしにどうしようもない」
「キスして」
彼の返答など聞こえなかったかのような顔で彼女は言う。
彼は勢い良く椅子から立ち上がると
部屋から飛び出した。
■不定期連作と言うことでひとつ。
ラブシックほどは長くないかもしれません。過度の期待はご遠慮ください(苦笑)
泡ぽこが終わったらどうしようねえ、とか言ってる今日この頃ですが、友人のところへ「泡さんたちの長い話」を送ることになりそうなので、もしかしたらそれをアップすることになるかもしれません。ならないかもしれません。
……ごめんなさい、タイトル付け忘れてたことにほぼ一日たって気付きました。
今つけました。ごめんにゅ。